「どうして私だけ?」と思ってしまう瞬間
みなさんはありませんか?
「人から勧められたから行ってみよう」と腰をあげた時に限って、そのお店が臨時休業だったり。
「ついでにここでコピーを取ろう」と思ったら、コピー機が故障中だったり。
まるで
自分が行動を起こすタイミングに合わせたかのように、うまくいかないことが起きるー。
そんな時、心の中にふっと湧いてくるのは
——「なんで私の時だけ?」という思いです。
それが重なると、「自分だけは、見放されていないんじゃないか」
という、寂しさにも似た感覚に包まれることがあります。
心理学から見る「自分だけついてない」感覚
まず、この感覚にはちゃんと理由があります。
心理学的には
人間の脳は「嫌な出来事」や「不意のトラブル」を強く記憶するようにできている
のです。私達には、
生命を守るために、危険や不便は刻み込まれる仕組みが備わっているから
なのですが、そのせいで
他の人も同じように臨時休業に出会っているかもしれないのに、自分の時だけと感じてしまう、
「わざわざ動いたのにうまくいかなかった」、
という落差は、期待が大きかった分だけガッカリ感を増幅させます。人は
「努力=結果」と思いたい存在ですから、結果が裏切られると
私だけ損をしている(T_T)
という思いに傾きやすいのです。
スピリチュアルに見る「流れを変えるサイン」
一方で、スピリチュアルな視点では、こうした出来事は単なる偶然以上の意味を持つことがあります。
たとえば、
-
本来行くはずだった場所に行かせないことで、別の出会いや体験に導かれている。
-
「今日はその流れじゃないよ」という宇宙からの小さな合図。
-
立ち止まることでしか気づけないことに、気づかせるための時間。
コピー機が壊れていたせいで別の店に行き、そこで思いがけない情報や人に出会う
=新しい出会いが待っている
臨時休業で入れなかったからこそ、別のいいカフェを見つけた、ほっとする時間を過ごせた。
=普段使わない手段を試すチャンス
これまでを
振り返ったとき、あなたには
「あの時ダメだったからこそ、こうなれた」と思えることも、きっとあったはずです。
「なんで私の時だけ?」と落ち込んでいるあなたに伝えたいこと
もし今、あなたが「私だけついてない」と落ち込んでいるのなら、こんな風に考えてほしいのです。
そんな風に感じる時こそ、人生が次の段階に進むためのサイン、
立ち止まったり、遠回りしたりすることにも、必ず意味がある、と。
私達は、決してひとりぼっちではないし、
見守られていないどころか、気づかないところでちゃんと導かれています。
「自分だけついてない」と思う瞬間は、誰にでも訪れます。
心理学的には記憶の偏りや期待の落差、スピリチュアル的には流れを変えるサイン。
そうとらえるだけで、不運に思える出来事も新しい可能性に変わります。そして、
心の奥にある
「見守られていない」という感覚は、「別の道に導かれている」ことの裏返し
かもしれない、
その出来事は、未来への小さな入口かもしれないのです。


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