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明るい未来を描くことができないのですか

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◆明るい未来を描くことができないのは、人一倍責任感が強いからかも。

 

心理学に

 

予言の成就」という言葉があります。

 

この先きっとこうなる

 

と、未来について語ると、その言葉が予言となって人の心に強く残り、知らず知らずのうちに予言通りの未来に向かうように行動していく

 

ということです。

(メンタルケア・コンサルタント:大美賀直子氏)

 

 

これは今日の新聞に掲載されていた言葉。

 

連日「緊急事態・患者数の増加・・」などなど暗い情報ばかり流れているのも事実で、不安なことばかり考えるようになってしまうのも無理はありません。

 

けれど、やはりそれでは新たな不安を引寄せることになり、それが未来を左右するほどの影響力を持つこともある、

 

そのリスクを忘れないようにしましょう。

 

新型コロナウイルス感染の増加で不安・ストレスを抱えているのですか?」では、免疫力を高めるためには楽観的なものの見方も大切だとお話しましたよね。

 

そうわかっていてもなかなかできないのは、

 

あなたの責任感が強く、何かと問題・悪い出来事を自分のせいにしがちになっているからかもしれません

 

個人的な経験からは、女性がこれだけ社会に進出しているにも関わらず、職場に「サポート体制」がなく、セクハラやパワハラなどストレスに晒され続けていることも原因になっていると思うし、

 

その向こう側にはもっと小さな社会、即ち学校生活や家族の問題(躾問題ー批判的な言葉を浴びせられて育ってきたなど)様々なことが起因していると思っています。

 

◆明るい未来を描くことができないのは、「諦め」が身に付いてしまっているから

 

長い人生の中では、絶望的な出来事に見舞われることもあります。

 

そうしたことが重なると「不幸に慣れてしまい」、諦めが身についてしまうこともあります

 

そして

 

もう、どうにもならない

 

諦めに支配され、悲観的になって落ち込んでしまうこともあります。

 

また、「方法論」ばかり考えてしまう、

 

「どうしたらいいだろう」と逡巡しているうちに心配事が膨らんでいくこともありがちです。

 

悩みはその時点で解決できなくても、乗り切って耐えてしまえば、後になってみればなんでもなかったと思えたりすることも多いものです。

 

書いていて私の母のことを思い出すのですが、

 

私の母は高齢になって目があまり見えなくなりました。

 

ある時電話すると、とても落ち込んでいて食事も2日とっていないと言いました。

 

普段はお喋りな母がろくに会話もできない状態になってしまい、私は何か間違いが起こってはいけないと仕事を休み、暫く付き添うことにしました。

 

最初は何も喋らなかった彼女ですが、寝泊まりしてよくよく話を聞いてみると、ある心配事が彼女の心を占領していたことがわかったのです。

 

それは市から届いた葉書でした。

 

医療か何かに絡んだ請求書だったのですが、そこに明記された額はとても払えない、もう居住(市の管轄なので)もできなくなるから死ぬしかない、あなたにも迷惑をかけられないと泣いていました。

 

私も確認しましたが、何かの間違いだと思いました。

 

けれど詳細がわからないので、ケアマネージャーさんに相談したのです。

 

なんと母は(私も)数字の桁を多く見間違えていたのでした。

 

ただそこに印刷された数字は枠からズレていて、「市の印刷が悪い、これでは間違えても仕方ない」と市にもかけあってくれ、事は治まったのでした。

 

その時の母の安堵した顔は忘れることができません。

 

これだけのことだったのに悲観的になっていけば命を落としかねず、対処さえ見つかれば生命力を吹き返すこともある、「心」とはなんと凄いものかと思ったものです。

 

この話はあまり参考にはならないかもしれませんが、

 

時にはその状況を受け入れ、腹が据えて前向きに取り組んでいると、全く別なところから思いがけない形で好転していくケースもあります

 

同じ状況の中で、いかに自由にいられるかが大切で、それが「未来を明るく描く」鍵となります。

 

未来に希望がもてないのですか」でもお話したように、こうした「楽観的思考」は技術なので、訓練していくほどそのコツを掴むことができます。

 

明るい未来を描くことができない時、楽観的ものの見方ができるよう仕向ける

 

暗い気持ちでいる時、視線は下がっていきます。

 

「上をむ~いて・・歩こおお~~」という歌は今も多くの人に愛されていますが、

 

時々視線を上にあげ、空を見ることは大切だと聞きます。

 

それを実行している人は案外いて、尊敬する脳科学者・茂木健一郎氏もそうなのかなぁ、と思ったことがありました。

 

書籍「挑戦する脳」の「18地震の後で」の頁で、2011年に起きた震災の時の気持ちを綴る中に、そう思える言葉がありました。

 

 

私達の命は、そして意識は、なんという奇跡に満ちていることだろう 

中略

踊ることが生きることの偶有性に対する、最も強靱な答えであり得ること。

 

意味は、重力の魔である。

 

負けてはいけない。

 

中略

 

空を見上げろ。

 

「今、ここ」に没頭せよ。

 

耳に聞こえない音楽に合わせて 内側に耳を傾けて 踊れ。

 

日本は、必ず立ち直る。

 

いつかまた、ひだまりの中で、花を眺めて、みんなで笑えるときが来る。

 

そのときまで、

 

みんなで踊れ。

 

 

あなた自身が小宇宙です。

 

空を見上げ「宇宙」を想像することは

 

自分が無限の存在であることをイメージすること

 

自分の中の可能性にふれることです。

 

明るい未来を描くことができれば、前に進むことができる

 

どのような状況の中でも「頑張る」のは素晴らしいことですが、

 

ただ頑張ってさえいればいい、というわけではありません。

 

「心」とか「一念」はとても大切で、

 

「どう頑張っているか」が大切です。

 

何があってもよい方向へ、元気のでる方向へ、強く受け止めていく、

 

この微妙な心の持ち方、方向性によって、幸不幸は大きく左右されてしまいます。

 

ちょうど自動車を運転するとき

 

ギアを「前進」(ドライブ)に入れてアクセルを踏めば前に進みますが

 

ギアをニュートラル(中立・停止)の位置のままでアクセルを踏んだのではエンジンが空転するだけで、動いてはいません。

 

もしもギアをバック(後転)に入れてアクセルを踏んだら、車は後ろへ下がって事故を起こしてしまうでしょう。

 

私達の日常も同じで、横向きの心なら空転し、後ろ向きの心なら後退してしまいますが、

 

前向きの心であるなら前進することができるのです。

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