毎日がつまらない、って思うのですか

 

何をする気も起きない時は、無理に何かをしようと頑張らない

私達は、一歩外に出ればたいてい誰かに会います。

人に会えば何かしら刺激を受け、それがまた未来を見つめるきっかけになったり、別の行動へつながっていったりすることもあります。

けれど正直なところ、

何をしてもテンションが上がらない。
何をするにも億劫。
出かける気にもならない。

そんな時は、誰にでもあるものだと思います。

不思議なもので、楽しい時は何をしても楽しく感じるのに、つまらない時は何をしてもつまらない気がします。

忙しい時には、目の前のことをこなすだけで一日が過ぎていきます。

けれど、急に予定がなくなった時、ふと

「何をしたらいいのだろう」

と感じることがあります。

それは、本当に毎日がつまらないのではなく、外側の用事に向いていた意識が、自分自身の内側へ戻ってきたサインなのかもしれません。

 

いまのあなたがそんな気分であるとしたら、

何かの変わり目の時期

に来ているのかもしれません。

何かしようと頑張らず、ゆっくり休む。

空白は空白のまま使うということ。

無理やり何かを入れないということ。

あなたという部屋の一角に、そういうスペースがあってもいいのではないでしょうか。

心身に大きな問題があるわけではないのに、自分を駆動させる力が出ない時は、

あなたが立ち止まる必要がある時

なのかもしれません。

もしかすると、期待している満足感が高すぎて、日常の小さな楽しさでは心が動きにくくなっている可能性もあります。

あるいは今は、どうしても行動を起こさなくてはならないことが少ない時期なのかもしれません。

 

私自身の経験から言えば、こういう時期は

何かを見直す時期

であるようにも思います。

生活の流れ。
人との関係。
自分の望んでいること。
これからどこへ向かいたいのかということ。

そういうものを、急がずに見直すための静かな時間だったのかもしれません。

けれど、そういう時ほど、

何かしなくてはいけないような気がしてしまう

ものです。

せっかく時間があるのに、心は少しも休まらない。

何かを始めるほどの力はないのに、何もしないでいることにも罪悪感がある。

そうして、焦燥感を抱えながら時間を持て余してしまうことがあります。

そしてまた、じきに忙しさに追われる日々に戻った時、

あの時間をなぜ、空白を空白として使わなかったのだろう

と思うのです。

何もない時間は、無駄な時間ではありません。

次に動き出すために、心の奥で何かを整えている時間なのだと思います。

 

私達が「至福」を感じる時というのは、たいてい「そうではない時」があるからです。

「いつまでもこうしているわけにはいかないんだよな」

「明日からまた仕事だ」

そんな小さな精神的な負荷があるからこそ、休みや楽しみがより深く感じられることがあります。

反対に、何かに追われることが少なくなり、ある程度満たされた状態が続くと、人はかえって

「次に何を求めたらいいのだろう」

とわからなくなることがあります。

欲望がないと、それに関する発想も湧きにくくなります。

だから、ある程度の欲望は必要なのだと思います。

「あれがあったら、これができたら、どんなに幸せだろう」

そう思っている時、人は自然に動き出します。

けれど、苦労せずにほしいものが手に入る状態になったとしたら、今度は

「すべきことが何もなくなってしまった」

ように感じることもあるのではないでしょうか。

行為の質を上げ、魂を満足させる

でも、この世界で生きていれば、そのうちきっと新たな欲望が出てきます。

だから今は、無理に大きな目標を探さなくてもよいのだと思います。

例えば、新品のお布団とまではいかないまでも、新しいシーツにしてみる。

最近ジャンクフードが多いなと思ったら、いつもより少し良質な素材のものを選んでみる。

いつものお茶を、少し丁寧に入れてみる。

いつもの掃除を、少しだけ心を込めてしてみる。

そんな小さなことでも、日常の質は少し変わります。

大きな楽しみが見つからない時は、普段していることの質を少し上げてみる。

それだけでも、心の奥にあるものが満たされることがあります。

それも、

魂の健康のためになる

のではないでしょうか。

できるだけ自然なもの、新鮮なもの、やわらかいエネルギーを取り入れることは大切なのだと思います。

何しろ、私達自身が宇宙由来で、細胞の一つひとつが宇宙を内包していると言われているのですから、

水。
樹木。
土。
風。
太陽の光。

そうした自然にあるものを取り入れることが、心や体に良い影響を与えるのは当然のことなのかもしれません。

太陽の光の下に出るだけでも、元気を取り戻せることがあります。

実際、太陽の光を浴びることは、気分や睡眠のリズムにもよい影響を与えることで知られています。

もちろん、紫外線のことを考えると、時間や場所には気をつける必要があります。

それでも、何も考えずに外を歩くだけで、少し気持ちが変わることがあります。

歩くことは、足を前へ向けて進んでいるということです。

 

特別なことをしようという気持ちにはなれなくても、普段当たり前のようにしていることを、とことん丁寧に実行することはできます。

「そんな意味のないこと」

と思うかもしれません。

でも私達は、目的を持って何かをすることが多すぎて、行為の過程を味わうゆとりを忘れてしまうことがあります。

早く終わらせること。
効率よく片づけること。
結果を出すこと。

そういうことばかりに意識が向いていると、行為そのものが薄っぺらく感じられ、やる気を削いでしまうことがあります。

あなたも「フロー」という言葉を聞いたことがあるかもしれません。

無心になって何かをしている時、私達は我を忘れています。

余計なことを考えず、ただその行為の中に入っていく。

その状態は、心の中にたまったものを静かに洗い流してくれるようなところがあります。

魂を浄化させるような気持ちで、目の前のことに取り組んでみる。

そんな風に過ごしているうちに、少しずつ気分が上がり、また新しいスタートを切れるようになることがあります。

同じ型にはまりがちになっているサインかもしれない

毎日がつまらないと感じる時、それは単に退屈しているだけではないのかもしれません。

同じ型にはまりがちになっているよ、というサインであることもあります。

私達は、自分で思っている以上に、まだ使っていない可能性をたくさん持っているのだと思います。

このブログでは、何度も「変化」することの大切さについてお話ししてきました。

私達の中には、いつか日の目を見ることを望んでいる可能性があります。

その可能性は、自分の中の強い衝動によって引き起こされることがあります。

あなたは、衝動的なことを抑え込むことが多くありませんか。

もちろん、ここでいう「衝動」とは、人に迷惑をかけるような奇異な行動のことではありません。

何かこれまでとは違ったことをしたくなる。

いつもの自分なら選ばないものを選んでみたくなる。

普段なら言わないことを言ってみたくなる。

少しだけ、別の自分になってみたくなる。

そういう意味の衝動です。

私達は、よくも悪くも、あとで生じる結果に責任を持たなくてはなりません。

だから、そういう衝動が起きても、

覚悟しないと挑めない

と考えます。

何かを始めるにしても慎重に、できるだけ

「あなたらしいよね」

と言われる方向から入っていくのです。

もちろん、そのほうが安全そうだし、自分にも合っていると思えるからなのでしょう。

ただ、本当は自分を縛り付けているものなど何もなくて、ある程度厳しい制限の中にいても、

いつもと違う行動をとる自由

くらいはあるはずです。

でも、それをなかなかしようとは思いません。

そうして抑え込んだままの可能性は、「生きられなかった自分」として、心の奥に残っていきます。

夢占いでよく言われる「シャドウ」、つまり影のようなものです。

現実においては、それが愚痴や文句、暗い気分として心の奥にわだかまり出すことがあります。

他の人が楽しそうにしていることを悪く言ったり、邪魔したくなったり、素直に喜べなくなったりすることもあります。

本当は、自分の中にも

人が思っているイメージとは違う自分

がいるのです。

けれど、それを出したら幻滅されないだろうか。

変に思われないだろうか。

自分らしくないと言われないだろうか。

そんなふうに考えて、抑えてしまうことがあります。

案外、人は見られているイメージに左右されやすいものです。

私などは、職場やクラスでみんなを笑わせるような面白いことを思いついたのに、

そういうキャラじゃないから

と思って言えなかったことがあります。

言えばよかったのかもしれません。

でもその時は、言えませんでした。

そうして人に披露できなかった自分の一部は、どこかでつまらない思いをしていたのだと思います。

もし、ここ最近の自分が

なんだかつまらない顔をしている。

自分がつまらない人に思えてきた。

そう感じるのだとしたら、人によい自分の面だけを見せようとするあまり、衝動を抑えすぎてしまっているのかもしれません。

普段の自分とは違う行動をしてみる

普段の自分とは違う行動、といえば、以前「ハロウィン」についての記事を書いたことを思い出します。

ハロウィンの仮装は、コスチュームという外見の助けを借りて、自分の中にある子供心を自由に解放する絶好の機会でもあります。

「普段の自分」というイメージの枠から少し飛び出し、羽目を外し、違う人格になってみる。

その快感は、思った以上に大きいものかもしれません。

もちろん、熊やスパイダーマンの衣装を着なさいと言っているわけではありません。

ただ、どこかで

普段の自分のキャラクターと全然違う人になりきれる時間

を持ってみること。

いつもなら選ばない色の服を着てみる。

いつもなら入らないお店に入ってみる。

いつもなら書かない文章を書いてみる。

いつもなら黙っている場面で、少しだけ自分の気持ちを言ってみる。

そんな小さな冒険でもいいのです。

つまらない毎日を変えるのは、必ずしも大きな決断ではありません。

ほんの少し、いつもの型から外れてみること。

その小さな違和感が、新しい創造を生み出すことがあります。

何もする気が起きない時は、無理に何かを始めなくてもいい。

けれど、少し気持ちが動いた時には、いつもの自分からほんの少しだけ外れてみる。

そうしているうちに、心の中に眠っていたものが、また静かに動き出すことがあります。

毎日がつまらないと感じる時は、終わりではなく、変化の前にある静かな時間なのかもしれません。

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