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劣等感や短所って、克服しなくちゃいけないんだろうか

7月 2, 2022

◆苦しむのは、自分にはそれがないから幸せになれない、と思っているから。

劣等感?なんですか、それ

と言う自己肯定感マックスの人がいたら、むしろ潔くて恰好いいと思ってしまうけれど、

現実そのような人に会ったことはないし、

幸せをアピールする習性のないこの国では、

自分、劣等感のかたまりっす!

と言ってる人の方が多いのではないでしょうか。

また、

秩序を守って生きようとする人達のほうが圧倒的に多く、欲望にまみれて生きる人はそれほどいないように思います。

多くの人は、

でもまあ、人生ってこんなもんっしょ!

と、とりあえず

劣等感を刺激するような人とは距離を置き、適度に人生を楽しもうと考えているのではないでしょうか。

 

私達は、いつだって

「その中にもある肯定的なもの」をなんとか捕まえて、幸せに生きていこうと思っているのに、

時折、

その健気な心さえ折れてしまうことがあります。

これまで身近にいた人が、何かのきっかけを経て「当たりを手にした」としたら、

同じだったのに、自分だけ置いてけぼりにされた

気がして、劣等感が増強され、苦しむことってあるかもしれません。

 

◆自分を傷つける比較をし続けることが、喜びを手にいれにくくする

誰も傷つけようとしていないのに、

勝手に傷ついてしまう

こともあります。

相手の振る舞いに「優越感」を感じ取り、悔しい思いをしてしまうのは、

「自分には相手と同じだけのものがない」と、強く意識しているからでしょう。

自分を

とても厳しい目で見ている

のです。

 

これが元で悲惨な事件が起きたりもするので、

劣等感というのは、結構厄介で、

ほうっておくと人生をダメにしかねない

ものだったりもします。

 

自分に厳しい目を向け、

「克服」しようとしている人ほど、

自分の「良い」部分に気づきにくく、長所の輝きを認めにくかったりします。

 

こんなことを話している自分はどうなのか、

というと、私は「優」マークがつくところがあるのかと思うくらいの人間で、

(謙虚さから言っているわけではない。)

何度も言っているように、「怠け者」で、

いかにストレスを感じずに生きられるか

ばかりを考えながら生きている、結構どうしようもない人間なのです。

どうしようもない人間が書いているので、

時々

ひょっとしたら自分もそうなるかもしれない

というスリルを味わいながら読んでいただきたいと思います。

 

でも、もし私が

都会でスカウトされるくらい美しく、スタイルもよくて賢く、五感もそつなく揃っている人であったら

何もしなくても引く手あまたで、何をしても負けることがなく、

人生をなめてかかってしまう

かもしれません。

幸せならそれでいいじゃないか、

と思うかもしれませんが、

何しろ人生をなめてかかっているので

人の心の痛みを知らず、よって共感度も低く、多くの人に親しみを感じてもらうこともなく、

何より

「今以上の幸せ」を求めて「夢を追う」こともないでしょう。

なんとつまらない人生でしょうか。

というのを自分への肯定に変え こうして生きているわけです。

 

◆その劣等感は、より確かなものに繋がるためにあるのかもしれない

ある意味、劣等感を感じるような部分というのは、

優れている部分よりも大事であるように思います。

自分は〇〇が得意だからこっちへ行こうと、長所とか特質を生かす道に目を向けると

範囲が広すぎて迷走してしまったり、同じ長所を生かす人が多くて埋もれてしまう、などのこともありますが、

自分には〇〇がない、

と思うところがあるおかげで、冷静さを取り戻したり、あなた固有の道へと導いてもらえたりします。

 

そこから生み出されるものには、どこか個性が光っているし、

自分の課題として向き合うレベルまでいくと、

多くの人の満足に繋がっていたり、「生きがい」になることさえあります。

 

例えば、

コロナ禍で、お店の営業ができなくなって、生活が立ち行かなくなった

という話もよく聞くのですが、

新たな目線で取り組んだことで、これまでよりも利益を生み出したという話も聞きます。

私の地元でも、

居酒屋さんが閉業に追い込まれたけれど、苦肉の策で思いついたスウィーツを販売し始めたところ、

これがSNS映えして拡散され、

居酒屋を営んでいた時より繁盛している

という話を聞きました。

 

スケールは違いますが、

誰かが殊更強く「不足」や「不満」を感じて

それを埋めようと努めてくれたことが、万人を救う

ことがあります。

というか、それがなければ未だ私達は石で火を起こし、裸足で歩いていたかもしれません。

例えば

以前も他の記事でお話ししたのですが、

エレベーターなども、最初はお年寄りや障害のある方用に作られました。でも、今はもっと広く活用されているわけで、

「足りてない」と感じることは、

文明の進化やパワーアップに繋がっていることも多い

のです。

 

そうじゃなくても、

時間と労力、経済力に限りがある中でさえ、

なんとかしよう、

自分には〇〇がないとダメだから

と、必死に考えるものというのは、

とても優先度の高いものであり、「これだけは外せない」という軸に相当するものであったりします。

自分軸の大切さについては、広く語られていますが、それが強力な「防御反応」となり、進化の力となることがあります。

「自分に軸がある」人とか、「自分を知っている」人は強い

のです。

◆克服するなら、「愛」が動機であること。そこに愛はあるんか?

書いていて、ふと、

「ゆりやんレトリィバァ」さんのことを思い出したのですが、

確かNHKだったと思うのですが、「お尻」のトレーニング教室に通って頑張っているのを見て、私も

ひそかに応援していました。

ゆりあんさんは以前と比べ、ずいぶんスリムになりましたよね。

それ以上に「印象」が変わり、手に入れたものは美しいお尻だけじゃないんだな、と感じます。

彼女が劣等感を感じていたかというと、そうではないかもしれませんが、

難易度の高いものにチャレンジしたことによる達成感は大きくて、自信にも繋がっているんだと思います。

彼女が変わろうと思ったきっかけは、誰かに嫌味を言われたとかじゃなく、

「自分のため」と言っていました。

だから、ほかならぬ自分のために

変えられることなら、変えるほうがよく、

 

変えられないとしても、

自分を知っている

ほうが、自分の持ち味を生かすことができます。

◆自分をわかっているだけでいい。それが今の人生を最大限楽しむための秘訣。

自分を知っている人

というのは、

例えば

私は蓮華子なのだから、蓮華子として生きよう

とすることで、

石原さとみとしては生きられない

とわかっていることです。そうわかっていることで、 まず人に迷惑をかけ、疎んじられる

ということはありません。

同じ理屈で、サルがライオンとして生きようとすれば、痛い目にあうけれど、猿らしさをアピールすれば、サルにとって

本当に必要なものが手に入る=死肉ではなく、バナナを貰える、

わけです。

 

本当は石原さとみにもなれたけど、

今回は蓮華子の人生を演じるんだ、とわかっていれば、その役を精一杯楽しめばいいんだし、

石原さとみも可愛いけれど、君の不細工な寝顔が超好き!

と、自分がダメだと思っているところを好きになってくれる人が現れれば、そのほうが確か

で、末永く共存していくことができます。

 

善く言えば、「欠けているもの」とは、

あなたを不幸にするための「呪い」ではなく、

あなたにとっての本物に出会うための魔法

であるといえます。

 

生涯にわたり抱えることになる劣等感は、

損なうためにあるのではなくて、「受け取るもの」のためにある可能性もあるので、

大切に扱うべきなのかもしれません。

 

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