スピリチュアル ライフスタイル

何もかも失った、と自暴自棄になっていませんか

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「何もかも失った」と思うのは、生産・成長・表現できる世界を失ってしまったから

地位・職・親族・住む場所・・この世界で何かを「失う」経験をせずに人生を終える人はいないのではないでしょうか。

その喪失感があまりに大きい時、

「自分の人生は、これで終わってしまったのだ」と思い、

生ける屍のよう」になってしまうことがあります。

絶望の淵に立ち、一人だけ灰色の世界に生きているように感じられます。

あの日までは、寝ることも食べることも貪欲だった、時間なんてあっという間に過ぎてしまったのに。

嬉しかった休暇も、もはや倦怠と苦痛しかもたらしません。

「時間をつぶす」ことにも疲れてしまった・・。

あなたは、このような心境に陥っているのかもしれませんね。

このような時、人は、人間らしく生きていくために必要なものが「衣食住」だけではないのだということを思い知らされます。

その先の世界が、どうしても必要なのです。

成長も生産をもたらさない、自分を表現することもできない日常は、あなたに大きな苦痛をもたらします。

◆「何もかも失った!」もっとも辛いのは、古い価値基準を捨て去るプロセスに突入した時

この世界は「物質世界」なので、快適な生活をするにはそれらに依存して生きていかなくてはなりません。

それが、あなたに更に深い無力感を与えるかもしれません。

物質に固執しているほど、希望を見つけることは難しくなるから。

過去の記事でもお伝えしましたが、

全ては成就壊空成立し、安定して存続し、崩壊し、再び成立する)、変化こそが絶対の摂理です。

身に起こったことは、あなたの望まなかったことであるかもしれませんが、それは新しい生きがいを探す必要があるという強制的働きかけでもあります。

あなたを物質領域の束縛から解き放つためのアプローチであるともいえます。

あなたには「あなたなりのやり方」があって「自分のやり方で進めたい」「そのタイミングでしたいのだ」という主張はあるかもしれません。

これまでのやり方が通用しなくなるから、あなたは途方にくれます。

自分の価値観の総入れ替えともいうべき決断を強いられているから。

今の段階で

「健康な人・外見の美しい人・教養のある人・成功した人」諸々に対して痛烈な批判を浴びせたくなっても、そんな自分を責めないでください。

ひがみや偏見に囚われているように思える物の見方は、古い「価値基準」から解放されようとしている、今のあなたに必要だから。

底辺から這い上がりながら、

あなたはきっと「新しいいきがい」を発見していくでしょう。

「何もかも失った」と思った時、これまでより大きなものを受け取る前ぶれであることが多い

あなたが喪失と引き替えに得るもの、それは

これまで経験したことのない自立と強さと自由です。

それは、

物質界で変わり続ける環境に翻弄されない強さを手に入れること。

人生をより楽しむことができるようになる力。

宇宙エネルギーと調和することを覚えたあなたは、人生はあるべき方向に展開していることを悟ります

一つの扉が閉じると別の扉が開く

これを、あなたは自分自身の体験として他の人に語るようになるでしょう。

昔話では、欲張りな人を戒めるお話が沢山あります。

欲張りを戒めているはずなのですが、何故かちっとも欲張りではなかった主人公が、大金や宝物を手に入れる結末が描かれています。

「花咲じいさん」や「金の斧」などのお話から、私達はある教訓を得ることができます。

それは

何かを手放したり諦めたりする力は、もっと大きな財産を扱うのに必要なである。

ということです。

失うことを極端に恐れていたり、今までの「自分の価値」にしがみついている間は、人は大きな宝物や幸せを受けとる状態にはないのかもしれません。

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