
私は、高校生の頃、これ以上仲良くなれる人はいないのではないかと思うほど、気の合う友人がいました。
彼女は、
字を書かせても上手で、ピアノも弾けて、裁縫も編み物も人に教えられるほど器用でした。
物を選ぶときのセンスも抜群で、私にはもったいないほどの友人だったと思います。
学校の外ではスケートでつながっていて、高校を卒業してからも、スケート仲間として会う機会がありました。
彼女は地元を離れて就職しましたが、それでも年賀状のやりとりは続いていました。
私はずっと、彼女のことを「友達」だと思っていたのです。
だから、彼女が結婚するという話を聞いたとき、私は急いでお祝いの電話をしました。
でも、そのとき彼女から返ってきたのは、
「また決まったら連絡するね」
という、どこか素っ気ない一言でした。
きっと忙しいのだろう。
結婚前はいろいろ準備があるのだから。
そう思って、私も早々に電話を切りました。
けれど、それからしばらく経った頃、駅でばったり会った知人から、
「仲がよかったから、結婚式に当然来ているものだと思っていた」
と言われました。
その瞬間、私はとても驚きました。
そして、心のどこかに、言葉にならない痛みが残りました。
なぜ、呼ばれなかったのだろう。
私たちは、そんな関係だったのだろうか。
私は友達だと思っていたけれど、彼女にとってはそうではなかったのだろうか。
当時の私は育児に追われていて、そのことについて深く考える余裕もありませんでした。
忙しさに救われていたのだと思います。
けれど、心というものは不思議です。
何十年も経ってから、ふとした拍子に、しまっていた痛みが戻ってくることがあります。
もう終わったこと。
今さらどうにもならないこと。
そう頭ではわかっていても、心は簡単には割り切れません。
私は時々、「なぜなのかわからない出来事」に出くわすと、いつまでも考えてしまうことがあります。
答えがないからこそ、心がそこに留まってしまうのかもしれません。
まあ、夢解釈のブログについては、それが幸いしているのかもしれませんが、
悪さをすることもあります。
忘れていたつもりだったことも、何かのはずみでふと思い出してしまい、
胸の奥がちくちく痛みます。
その痛みを抱えながら、また、彼女のことを考えていました。
彼女は、ただ新しい世界へ進んでいこうとしていただけなのかもしれない。
そもそも、結婚の話自体、彼女の口から聞いたのではありませんでした。
結婚という大きな節目の中で、
彼女は新しい人間関係、新しい生活、新しい自分へ向かっていたのかもしれない、
私はといえば、相変わらず
同じ場所で、見知った人たちの中で、変わらない日常を生きていました。
だから、そのときの彼女の変化がわからなかったのかもしれません。
頭では、そう思うことができます。
けれど、心の中には、やはり返せなかった想いが残っていました。
「私は、あなたを大切な友人だと思っていた」
「どうして何も言ってくれなかったの」
「私は、そんなふうに外されるほど軽い存在だったの」
そんな言葉にならなかった思いが、ずっとどこかに残っていたのだと思います。
そんなことを思いめぐらせて眠りについた夜、私は彼女の夢を見ました。
夢の中で、彼女は何事もなかったかのように現れ、
まるで店員さんが普通にお客さんに接するように、
「どれにする?」
と、私に本を選ばせたのです。
そこには、謝罪も、言い訳も、気まずさもありませんでした。
昔のことに触れることもなく、
ただ、淡々と並べられた本を示してきたのです。
店頭には、いくつもの本が並べられていました。
その中には、私の大好きな絵本もありました。
一瞬、それにしようかと思いました。
けれど、それはもう持っている本でした。
そこで私は、まだ読んだことのない、けれどどこか同じ匂いのする本を咄嗟に手に取り、彼女に渡しました。
目が覚めてから思うと、その場面にも意味があったように感じます。
大好きな絵本は、私がすでに持っている慰めであり、昔から大切にしてきた心の世界だったのかもしれません。
けれど夢の中の私は、それではなく、まだ読んだことのない本を選びました。
それは、過去の安心に戻るのではなく、同じ優しさを持ちながらも、まだ知らない理解へ進もうとしている心の動きだったのかもしれません。
私が咄嗟にその本を手にとって差し出すと、
彼女は、明るく澄んだ瞳で、その本を私に手渡してくれました。
目が覚めてからも、その夢の印象が残りました。
なぜ、彼女は今さら夢に現れ、しかも
何事もなかったように接してきたの?
なぜ、私に本を選ばせたのだろう。
考えてみると、夢の中の彼女は、過去の説明をしに来たのではなかったのかもしれません。
「なぜ呼んでくれなかったのか」
「私は何だったのか」
その答えを持ってきたのではなく、
もう、その問いだけを読み続けなくていい
と知らせに来たのかもしれません。
本は、知識や理解を象徴します。
夢の中で本を選ぶということは、自分がこれから受け取る理解を選ぶことでもあります。
私が、過去の出来事を説明する本ではない、まだ読んだことのない本を選んだのは、
昔の痛みを何度も読み返すのではなく、
まだ知らない理解へ進むこと
を意味していたのかもしれません。
彼女が店員さんのように自然に接してきたことにも、意味があったように思います。
夢の中で彼女が泣いたり、謝ったり、昔の話を蒸し返したりしていたら、私はきっと、またその出来事の中に戻ってしまったでしょう。
けれどそうではなかった、
それは冷たさではなく、過去の感情に絡まないための配慮だったのかもしれません。
もう、あの出来事を裁かなくていい。
相手を責めなくてもいい。
自分を責めなくてもいい。
ただ、次に読む本を選べばいい。
そんなふうに、夢は私に告げていたのかもしれません。
私たちは、誰かとの関係の中で、言えなかった言葉を抱えることがあります。
返せなかった想い。
返してもらえなかった気持ち。
受け取ったままになっている痛み。
それらは、心の奥で閉じられたままの本(理解・知識)になっていることがあります。
けれど、時が経ってからでなければ読めない本もあります。
若い頃の自分にはわからなかったこと。
傷ついた直後には受け取れなかったこと。
長い年月を経て、ようやく違う角度から見えてくること。
夢の中の彼女は、私に過去の本を返しに来たのではなく、新しい本を手渡しに来たのかもしれません。
もう、あの出来事の中だけに立ち止まらなくていい。
まだ読んだことのない理解へ進んでいい。
人生には、はっきりとした説明が与えられないまま終わる関係があります。
けれど、説明がないからといって、その関係に意味がなかったわけではない、
その人と出会ったこと。
その人を大切に思ったこと。
その人によって傷ついたこと。
そして、
その痛みを通して、今の自分が何かを理解しようとしていること。
それらはすべて、私の中に残された一冊の本なのだと思います。
もう、同じページだけを何度も読み返さなくてもいい。
夢の中で手渡された新しい本を開くように、
これからの自分の理解へ進んでいけばいいのだと思います。


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