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ツインレイの試練 相手や自分に伴侶がいる、という場合は?

7月 26, 2020

◆ツインレイの試練・お互いの立場を大切に思うがゆえに葛藤がうまれる

ツインレイには試練が多いと言われています。

今、その只中におかれている、という人もいるかもしれません。

もしもあなたかお相手、若しくはどちらにも伴侶がいる場合、

相手がツインレイであったとしても、堂々つきあうことはできないでしょう。

世間から見たなら、それはどう弁解しても

不倫関係

となってしまいます。 プラトニックなら許されるかというと、むしろ

精神的な結びつきが強いことのほうが、伴侶には辛い

ものとなるでしょう。

誰かを悲しませようと思っていたわけではないのに、

不幸な人をつくりだしてしまうことになります。

 

この場合の試練をどう乗り越えるべきか、

これが答えだ、

というものはありません。

そもそも、万人に通用する正解など存在しないし、

夫婦関係そのものも多様です。

 

愛情は薄れていて、体裁を維持しているだけであるなら、

時間をかけて協議することで解決するかもしれない、

でも、 ツインレイの場合、 問題のハードルが高かったり、

忍耐が必要だったり、 これでもかと言わんばかりに、難題が課せられています。

例えば

子供が幼い、男性側の伴侶に経済支援が必要である、伴侶の女性側の家族と仕事提携しているなど、

「覚悟を問われる」事態

が次々訪れることになるでしょう。

◆ツインレイの試練・誰より信頼しあえる魂の伴侶

ツインレイは

魂の伴侶

とも言われています。それは、

あなたが、どこで誰と一緒に人生を送っていても、切れることのない関係、

安心して「いってらっしゃい」と言いあえる関係

です。 戻って来た時には、

お互いが学んだことをシェアしあい、癒しあい、再び学びの場所へと飛び立っていくことができます。

お互いを最も強くさせる飽くことのない永遠の関係

です。

いろいろな意見を見聞きしているうち、

ツインレイと出逢ったから、一緒にならなくてはいけないのだ!

という気がしてしまうかもしれませんが、

今世の現実にかなった道を歩む

ことのほうが大切であるように思います。

私達は皆、

この時を選んで生きている

のです。

「道徳的」に生きよ!

などと言うつもりはありません。

今の道徳も常識も、

後の時代にはそうでなくなっていることがあります。

それより

真偽を照らし合わせるもの

を、自分の中にもつことが大切です。

私も、人の人生を見ていてよく思うのですが、

誰の人生でも、

真理に即し、物事を正しく認識し判断する能力をもっているか

を試されるような事態が起こります。

次のステップに進むためには

何時の時代にも変らぬもの、

本質的な目線をもって生きることが大切で、

特に今の二人は、こうしたことを物凄く考える段階にいる

のではないでしょうか。

 

「努力しなければ」一緒にはなれない、

それも、 どちらかが二の足を踏んでいて、

どちらかが相手の荷を引き受けようとしている状態

に陥ることもあります。

例えば 女性は「愛さえあれば」何でもできると思い、突き進むことができます。

けれど、男性側は「愛」は大切だと思っていても、現実の責任を易々と投げ出すわけにはいきません。

あなたも、相手がそのような人(無責任な人)であってほしいとは思わないはずです。

 

名奉行大岡忠相による

「子供争い」(大岡裁き)

というお話があります。あなたもどこかで聞いたことがあると思います。

ある子供に、母親が二人名乗り出た、あの有名なお話です。  

さらっとまとめると、こんな話です。

名乗り出た二人のうち、どちらかが本当の母親なのですが、

その判決をするために 裁判の席でそれぞれの女性に、 子供の腕をひっぱるよう命じたのです。

すると、どちらも、「この子は私の子!」と言わんばかりに、左右から腕をひっぱりあいます。

途中で子供は『痛い』と泣き叫びます。

本当の母親は、その声に思わず手を離してしまいます。

大岡は、その女性こそ、実の母親であるという判決を下したのでした。

ツインレイにもこのような思考が大切なのではないか、

その人のまま生きられる幸せを、どこまでも願う心

が必要ではないか、と。

それは「相手の幸せのためなら喜んで」という、無条件の愛です。

それは犠牲的精神のように

うたわれることがありますが、自分の側にも「喜び」がなければ成り立たず、そうでないなら

条件付きの愛

ということになります。

 

勿論、一緒になるカップルもいます。

それはやはり、「使命」に通ずる場合が多いのではないでしょうか。

使命を通して学び合うことができる関係

なのかもしれません。

使命については、いろんな考え方があるけれど、

「にも関わらず」実行していこう

という心なくしては進めない道

であるようにも思います。

例えばツインレイカップルというと、

私は恐れ多くも キュリー夫妻とか、周(恩来と鄧穎超)夫妻とかを想像してしまうわけです。

◆ツインレイの試練・最善を尽くして乗り越えたとき、共に生きる道が開かれる

私達は、相手のことを好きで好きで仕方なくなると、

そばにいてくれないなら意味がない

とか、一緒になってくれなきゃ嫌だ、

と思ってしまいます。

 

あなたがお相手から離れるのは嫌だと思う時、

二人は

一緒にいることが一番自然だから、そのほうが正しい

と思えるかもしれません

だって、あの人は本当は私のものなのだから。

 

でも、今世では、ただ

お互いの存在を知る」ことに、

意味があったかもしれません。

「真の愛」について、ここまで深く考えるような体験を、誰もができるわけではないですし、

誰もが

「愛」とか「永遠」とか「魂」について

考えさせてくれる相手に、出会えるわけではありません。

この先離れることがあったとしても、お互い

とても深いところで関わりあえた相手

であることに変りはないわけです。

 

「その先」にどうしても進みたくなるのはやむを得ないとしても、

宇宙からもたらされた啓示はそこではなくて、 あなたがそれだけ

大きな変化を受け容れる態勢ができている、

ということではないでしょうか。

 

家族や友人、そのほかの人達との関係においてもいえることですが、

越がたい

向こう側にいる人と、どうしたら真の関係を持つことができるのだろう

と真剣に考え

ワタシハ ソレヲ コエタイ、

超えていこう

とするプロセスの中で、私達は自分の中の愛を育てていくことができる

のだと思います。

どのようなケースについても、言えると思うのですが、

それぞれに課せられていることを最善を尽くして乗り越え、

揃って(結婚という形にならなくても、同じ土俵にいて)

次の段階に羽ばたいていくことが大切

ではないでしょうか。

二人が

男として、女として生まれてきたことにも、

お互いの存在を知り得たこと、恋愛感情を抱いたことにも、

私は大きな意味があると思うのです。

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