人間関係

職場に我慢できない人がいるのですか<年下・同期編>

2月 5, 2021

 

◆我慢できない人に対し、怒りをぶつけても解決しない

仕事をしていると、

「挨拶をしない」

「仕事中でもお喋りしっぱなし」

「反抗的」

「返事をしない」

「自分が担当している仕事が終わるとさっさと帰ってしまう」などなど、ついつい目に余る態度に言葉を掛けたなってしまうことがあります。

それなら注意すればよい、と思うかもしれませんが、

「もしも逆恨みされたら」などと考えると、そう簡単にはできなかったりします。

また、その人と同じ時期に入ったとか、自分の立場が上なら見本を見せ教えることもできますが、自分が後から入ったから、と思うとそれも難しかったりします。

私も、かつての職場に一人いつも不機嫌な人がいました。

その人はまだ20代で私より一回り以上若かったのですが、私のほうが後から入社したので、とにかく話かけて仲良くなろうとしました。

でも、どんなに働きかけても、その人はそれに応えてはくれませんでした。

というか一時的にはよくなっても、またすぐに不機嫌になって、冷たく振る舞われるのでした。

そこは小さな事務所でしたので、他の人達がそれぞれの職務に散ってしまうと、その人と二人きり事務所に残ることもあります。

その空気に我慢できず、私は早く解放されたくて時計ばかり見ていました。

ある日、どうしてその人がそんなに不機嫌になってしまうのか、別の人から聞いたことがありました。

事情を聞いて、「こちらの見方」も若干変わるわけです。

普段知っているのとは違う側面を見つけることは、そんな風に自分のためになることもあります。

幸い、「話かけ続ける」は続行していましたので、それ以降は流れに任せることにしました。

冷静になって考えてみると、もしも自分のほうが先輩で、

「腹が立つ」からと注意したところで、きっと相手の心に届きはしなかったでしょう。

◆我慢できない人に費やすエネルギーの向きを変える

一人悶々と悩み込むことは、衛生上よくありません。

相手には相手の価値がある

と一旦認めることで、自分勝手な妄想や、それが暴走していくスピードは落ち着きます。

ネガティブな感情の中に長く浸っていると、知らず知らず自分を疲弊させていきます。

あなたのエネルギーはポジティブに活用したほうが、絶対的にいいのです。

腹立たしい相手に対し

「それってどうなの?!」

と言ってしまうのは簡単ですが、それではただ怒りをぶつけただけに終わり、なんの発展性もありません

あなたが言われた側であったとしても、

ただ怒りをぶつける相手の言葉など、聞く価値なし!

と、判断してよいと思います。

れを言うことで相手が反省するとか、状況が変わるとか、何がしかの変化に結びつく言葉なら発する意味がありますが、

そうでなければ、もっとぎくしゃくした関係を増幅させてしまうだけです。

また、

人格は固定化したものではなく、絶えずダイナミックな進行を続けています

実際には発展も後退もあるのです。

自分を良くすることで自分を守る」発想が大切で、

それは、周囲がよい影響を与えようという姿勢だったり、その人の可能性を発見していこうとすることだったり、どう伸ばしていこうか考えることだったりします。

もしも相手には「才能がない」と決めつけ、励ましを忘れてしまえば、結局狭い心・頑なな心を助長させてしまうでしょう。

また相手をバカにし、そのような風潮が充満してくれば自分も苦しむようになっていきますし、

逆にどこまでも目の前の人を敬い、社内にそうした風潮を生んでいけば、あなた自身も人から尊敬されるようになるでしょう。

◆我慢できない人に「正論」で改善していくことはできない。その人の世界に降りてみることも大切。

自分が「そうあるべき」と思っていることも、一回り世代が違うだけで、「古い」と見なされてしまうこともあったりします。

「正しさ」は、ある特定の時や観点に制約されたあり方であって、

常に「正しくない」と背中合わせ、正しかったり正しくなかったりするのです。

一旦その人の世界に降りて、その人の世界からはどう見ているのかを知ろうとすることも大切です。

そうして仲良くなると、教えて貰うこともあるものです。

「ああ、今ってこんな風なんだ。。」と、自分の側のやり方を考えさせられることもあるでしょう。

若くて経験が浅いから、という理由ではなくて、

その人は、過去にあった嫌なことが原因で、余計なことをするのは損だと思っているだけかもしれません。

私は輸送関係の仕事にも就いたことがありますが、そこでは朝から罵声が飛び交っていました。

ドライバーの中に、一人だけ女性社員がいたのですが、男性に囲まれ仕事をしているせいか、言葉も荒く、事務所からの電話は無視されっぱなし、出てもプチッと切られてしまうこともありました。

だから、所内では散々なことを言われていました。

挨拶も返してはくれないし、私に対しても、

「そこ、洗っといてよ」「ここ、前はこうだったから」と、つっけんどんで冷たい態度。

勿論、みんなに混じってグチや不満で憂さ晴らしをするのは簡単ですが、それでは問題解決になりません。

だからといって、入ったばかりでは彼女と対等に話すこともできませんから、

「そうですか」「了解です」

とさらりと受け答えし続け、仕事に慣れるまでタイミングを待ちました。

そしてそろそろ仕事もわかるようになったある冬の朝、彼女の冷たい手を握っていいました。

「今日も寒かったねー。お疲れ様。りんご送ってもらったんだ。食べてくれる?」

そこにお世辞も誇張もありません。

きっと彼女は腫れ物を触るように扱われているので、そんな手は通用しないでしょう。

その日から事務所ででただ一人、彼女と「普通に」話ができるようになっていき、職場を離れ休日にはランチに行くようにもなりました。

それだけではないのです。

自分の作業が終わると事務所にきて、他の人の事務作業を手伝っていってくれるようになり、社内には彼女の威勢のよい声が響き活気が生まれるようになっていきました。

その人そのものを見ると、「破壊」へと向かいかねないことも、

あなたの叡智によって視点をすえ挑戦すれば、逆転させることができます。

相手の振る舞い・行為が何に由来するのか明晰に見分けることもまた、「叡智」であるといえます。

人にはいろいろな個性があり、才能も違えばそれぞれのはたすべき役割も当然違います。

私達は社会に出ると、人や社会の役にたとうと頑張るので、

他の人に対しても、自分や社会的に役に立つ人かどうか見ることに、慣れていく傾向にあります。

でも、本来人の存在意義は

「有用性」の観点からのみで図れるものではありません。

そもそも何が有用であるかということさえ、本当のところわかりません。

ただ、

「わからなくなったら」その人の立場に身を置いてみると、

おもいがけない発見があったりもします。

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