覚醒

覚醒する、とは何か<2>

7月 6, 2020

「覚醒」という言葉を聞くと、まるで

何か特別な力を得た人

であるかのように聞こえます。

その「特別な力」を

「超能力」とか、「神通力」

のように思っている人は多いかもしれません。

なので、

覚醒することで、「超能力が身に付く」

と思うのも、当然かもしれません。

 

そう思って、是非とも悟りを開きたい、と思う人には期待外れかもしれませんが、

神通力とは、「人を救う力」のこと

です。

 

それこそが永遠に自分も幸せになり、人をも幸せにできる境涯であり、

覚醒することの本義であるといえます。

 

また、

私達はたえず他者の魂の覚醒を助けることをしています。

それをしないと、

自分の成長もとまってしまう、

とわかっているからです。

 

自分が成長し続けるためには、

絶え間なく人に与える

ことが大切です。

あなた自身も、与えられています。

誰もが何かの先生であり、生徒です。

 

この世界は、

本来自分真理と知識を解放しあう者たちの住まう場所であり、

「解放」することが成長のカギ

であるといえます。

時に、

自分のことだけを考え、人のためには何もしようと思わない人もいます。

そのような人の

エネルギーは低く重くなり、停滞しがちです。

執着心の強い魂・自己中心的な魂は、自分の成長を遅らせ、人の成長も遅らせます。

自分だけが高いレベルに達しても、(地球の)仲間の

波動を上げるような行動をとらなければ、

内面的に崩壊していきます。

そのような人達は、

何度も

同じ状態に戻って、

執着をなくすこと、

解放することの意味を学ぶことになります。

それを「罰」という見方をする人もいるし、「贈り物」だという人もいます。

どのように見えても、根底にあるのは

慈愛

なのです。

 

確かに、

肉体に閉じ込められている状態の私達に、全容の解明はできません。

これまで、それを解明しようと多くの方々が取り組んでいますが、それを証明できる手立てはないし、

ある地点から先は人が踏み入ることができない、厚いヴェールがかかっているようです。

魂のふるさとに帰還するまで、答えを知る必要はないのでしょう。

 

翻って、

超能力で空を飛べたところで幸福になれるわけではありません。

「超能力」については、こんな面白い話もあります。

ある苦行者が15年もの隠匿生活を終えて帰郷し、お兄さんに

何を悟ってきたのか

と聞かれたそうです。

弟は兄を河まで連れて行き、得意になってその水面を歩いて渡ってみせたのでした。

しかし、兄は渡し守を呼んで

平然と船で河を渡り、代金を支払って弟にいいました、

おまえは、私がたったこれだけのお金で手に入れるものを獲得するのに、15年も苦労したのか

河を歩いて渡れても、水に長く潜れても、あぐらをかいて飛び跳ねることができても、

人間性や人生観の向上には繋がりません。

本当の課題とは、そんなところにはないのです。

私達人間の

「生・老・病・死」の苦悩をどう克服するか、

これこそ苦行では解決のつかない、大問題なのです。

人生の現実との格闘を避け、安易に幸せや悟りを求めようとするほど

「健全な良識」からは離れていく、

このことを、この説話は端的に表わしているといえます。

 

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