友達<1>友達ができない、嫌われやすいのでしょうか

 

◆「いま 友達がいないんだよね」とさらっといえるだろうか

今回の記事は、ある人から質問を受け、考察しながら書いています。

どういう人を「友達」と名付けているかにもよりますが、

ここでは「なんでも心置きなく話せる相手」、

本音を話せる相手

についてを「友達」だと認識している場合について、考察しています。

もっと広い意味でとらえる場合もあると思いますが、

それについては<2>以降で考察していきたいと思っています。

 

私自身も、転校が多くて、なかなか友達が得られないことがありました。

転校さえなければ・・と思うこともしばしばあります。

初めて寮生活を経験したとき、同じ部屋になった人に

友達になってくれる?

と聞いたら、

もう友達じゃん!

と言われ、ほっとしたことがあります。ある日は

「自分、友達おらんじゃんね」(三河弁)と

あっけらかんと言える人を見たとき、心の強さと清々しさにかなわないな、と感じました。

もしあなたが“友達ができないことを恥ずかしい”と思っているのなら、
無意識のうちに

友達の数=自分の価値

という基準で、自分を測ってしまっているのかもしれません。

◆友達をつくるために、魅力的な人を演じる必要はない

「自分に魅力がないから、友達ができないのかも…」

そんな風に感じること、誰にでもあります。

では、魅力とは何でしょう。

  • 人を思いやれる

  • 違いを認められる

  • 他人の長所を素直に尊敬できる

こういう心のあり方だと私は思います。

しかし、それらを持つためには

まず自分自身を認めることが必要です。

「ありのままの自分を認める」と言われると違和感を覚える人もいます。

「そのままじゃ成長できないのでは?」という不安が湧くからでしょう。

 

 

ー(ありのままの)自分を認める?

よく言われるこの言葉に、違和感を持つ人もいるかもしれません。

ありのままでは、成長できないんじゃね?

という考えが頭をもたげるからでしょうか。

ただ、

どんなことも、

最終的には自分自身に対してどう思うか

だけが自分に影響するわけですから、

まずは

「現状」「ここまでやってきた自分」を認め、

自分を応援してあげることが大切です。

 

私達は自分が考えるかよりも、人がどう思っているかのほうに

影響されてしまう傾向があります。

友達が0人とか100人!とかの

他の人の評価に自分の人生を預けても、彼らがあなたの人生の面倒を見てくれるわけではないし、

それでは、かけがえのない自分の人生を味わうことはできないでしょう。

 

時には、

自分を認めるなんてできない、

どうしてこうなっちゃったんだろう

と思うこともあるかもしれません。

でも、私がそうであったように、

あなたにはそうするしかなかった事情があったわけで、

仮に自分の至らなさが思わしくない状況を招いたのだとしても、

その時の自分は未熟だったのだ

認めてあげればよく、それができないでいる時に「前を向いて歩け」と言われても、なかなかできない気がします。

◆友達を簡単につくる人との隔たりはどこにある?

私の周りにも、友達が多い人がいます。

その人は、年齢を重ねても子どものように純真で、誰に対しても距離を置かない人でした。

客として訪れた人ですら、彼女に会いたくて来店されるほど。

猫のキーホルダーを大切にし、

象の赤ちゃんが生まれた時は、まるで自分の子供が生まれたように喜んでいて、

その動画を見せる時の彼女のはしゃぎっぷりに、同じ女性ながら、そして私より年上であるのに失礼ながら

なんてかわいい人だろう、

と、動画よりも、慈愛に満ちた美しい横顔に見とれてしまうのです。

その人は、一人でいろんなところに行くし、みんなと仲良くできます。

誰とでも。

あの人はタイプが違うからとか、きついから、仕事で失敗が多いから、愚痴が多いから、という理由で

自分から距離を置いたりしない、むしろそういう人にこそ心を砕くような、素敵な人です。

 

もちろん、

友達をつくるには、猫のキーホルダーを持ったり、象を見に行く必要がある

と言いたいのではなくて、

あなたがガンダムを大切にしていようと、休みに一人部屋で漫画を読んていようと、

自分は自分!

と堂々としていられるかどうか。

人からどう思われようと自分は自分だと、堂々と胸を張っている人

って、すごく

魅力的

ではありませんか。

彼女にとって、友達をつくるのは造作ないことですが、

見ていると友達の数が0であろうと、100であろうと頓着ない

のです。

そんなことより、彼女は

自分の人生をいかに楽しむか、ということに夢中

で、この「揺るぎなさ」は、

“どんな自分でも受け入れてもらえた経験”が心の奥にしっかりあるからこそ、育まれたものなのでしょう。

 

でも、私のように「甘えたい気持ち」が表現できないまま大人になっていくと、

世間や異性に気に入られることが愛されること

だと考えるようになり、

自分の考えや主張を持つことは、愛されない

と考えるようになることがあります。

 

私にも、あなたにも感情や気持ちがあって、それを表現したい、成長したいという欲求がある

のに、それを無視したまま生きるのですから、

それを続けることは大変酷な話で、いつか限界がくるでしょう。それでも、

承認されたい気持ちを満たすためだけに、「いい子」を演じ続けてしまうのです。

 

あなたはそうではないかもしれない、でも

もしも、

友達はほしいけれどできない

と思っているのだとしたら、

あなたは、とても傷ついていて

心を開けなくなっている

のかもしれません。

 

自分が心を開くためには、

絶対に傷つけられない、

失敗したって「受け入れてもらえる」、

という安心や信頼をもっていなくてはなりません。

無条件に受け入れられる

という経験は、自尊心を満たすうえでも、人に心を開くためにも、とても大切なことなのです。

◆あなたの友達作りのハードルを高くしているもの

人にはそれぞれ、満たされない部分があります。

そこに触れる出来事があると、

空回りな回想

をさせてしまうことがあります。

例えば、

自分の側は友達だと思っていたのに、なんだか相手はそう思っていないようだ、と

心にひっかかりが生まれる

と、それが

過去の古傷を想起させ、「また裏切られるかもしれない」とか、

自分は人とのコミュニケーションが上手にとれないのではないか、

といった気持ちが意識の表面に浮かび上がってきて、

元々自分は嫌われやすいのかもしれない、

などといった、ネガティブな感情へ引きずり込んでしまうことがあります。

また、あなたが感受性が強く、人一倍繊細な人であれば、

上辺だけのお愛想やごまかし、

その人の態度、振舞い方の底にある真意

を見抜いてしまって、

うまく付き合うことができないかもしれません。

友達をつくるためには、それらを克服しなければならないのだとしたら、至難の業です。

何しろ、

世の中には自分の味方は一人もいない

というところから始まっているのです。それが、

友達つくりを

よりハードルの高いものにしている

といえます。

◆極上の友人関係を築く権利をもっている故に悩む

これまでのあなたからすれば、とても勇気のいることかもしれないけれど、

例えば

今のは傷つくなぁ、

とか

こういうの、すごく好きだな、

とか、なんでもいいので素直な気持ちを「身近な人に」伝え、

表現して欲しいと思うのです。

そうすることで、あなたがどういうことに反応したり、

どんな風に考えてそう言うのか、少しずつわかってもらえるようになり、相手も

あなたのことがわかることで、安心することができます。

友達を沢山、無理に作ろうと思う必要はありません、たった一人でいいのです。

あなたにとっては、自分のそうした気持ちを

わかってもらえる

ことが、とても大切なのです。

たったひとりでも、そういう人を見つけられ、

「自分の気持ちを伝える」を心掛けていると、それが実は

自分の感情を傷つけられないようにするためにも有効的な手段

なのだということも、わかってくるようになります。

自分で自分を守ることができるようになれば、

人に察してもらうことを期待して裏切られる

ということもなくなります。

 

思うのですが、友達ができずにいるとき

いかにも友達が多いように見せかけようとしたり、弱くみられないよう、強い人間をアピールしたり、賢く見せようと

かっこうつけてしまうことがあります。

これが、もっと人を寄せ付けなくさせている

原因となっていることも多いです。

あなたもそうであるように、私達が友達を欲しいと思うとき、その友達とは

自分の弱い部分を安心して受け止めてくれる、馬鹿なことをいっても笑ってくれるような

人ではないでしょうか。

あなたが真面目過ぎて、ひとかどの人物と見られようとすればするほど、

人が求めるユニークな部分はおいてけぼりにさえれがちです。むしろ、

自分を馬鹿に見せられる人のほうが

話しかけらるための技といえます。

自分より上だと思う人より、下に見られる方が、話しかけやすいわけです。また、

夢占いでは、“身にまとうものが厚いほど、心が閉じている”

という象徴でもあります。

素の自分を少しずつ開示していくというところが大切です。

 

私達は、何か問題を抱えると、とても難しいことをしなくては解決できないように思いがちですが、

基本はいつだって、とても簡単なこと

なのです。

 

あなたが繊細で感受性が強い人であるとしたら、

過去にあなたを批判したり、攻撃的な態度に出た人がいて、フラッシュバックに襲われ、

恐ろしさのあまり、リセットボタンを押したくなるかもしれません。

けれど、その人達もまた道半ばであり、

人を批判したり、攻撃的な態度に出る人は、ほぼなんかかの問題を抱えている人

です。

世の中にそのような人は沢山いて、一度も傷ついたことのない人を探すほうが難しいでしょう。

そういう人に出会っているうちに、

自分の胸のうちを打ち明けることが怖くなり、

人に何かを言っても無駄だと思い、話すことを諦めてしまう

ことがあります。

 

本当は「嫌われている」わけではなくて、あなたが自分の気持ちを話さないので、

あなたを「知ることができなくて」

どう対応してよいか、わからないだけ

であったりします。

 

これまで慎重に生きてきたあなただからこそ、

自分の気持ちを見せることで

相手の反応を注意深く見つめることができます。

相手の反応にあなたの心が落ち着いたなら、

その相手とは、少しずつ友好を深めていってよいのだ

と、感じとれるようになります。

判断するのは「自分の心」ですが、

自分の気持ちを伝えることなしに、人との関係を構築していくことはできないので、

慣れて

いってほしいのです。

 

友達ができないことについて悩むあなたは、

本当は人一倍

誰かと深い結びつきを得たい、そこから生まれる満足感や喜びを経験したい

と思っている人です。

どんなことも

悩むのは、それだけ権利(特権)を持っているから

で、

権利を扱う者には重い責任が伴う

のが世の常です。

もしも、あなたが今より人に対してオープンになり、自分の傷つきやすい部分を伝えていくことができるようになったら、

あなたの繊細な感情は、

本当は人との関係を隔てるためにあるのではなく、

とても個人的なレベルでいたわりあうために授けられたこと。

極上の友人関係を築く権利を与えられているから

なのだと、気づくことができるはずです。

 

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