日常のひとこま 2026年4月

 

ありふれた日常の出来事について記述しているだけの頁です。


2026年4月14日

昨日は外出していて、県外に出かけていたのですが、

人が行き交う中で、ふいに人に呼び止められました。

その人は、一旦私の前を通り過ぎて、また戻ってきて「あの・・華子さんじゃないですか」というのです。(実際には、本名で呼ばれる

まさか知っている人がいるとは思っておらず、

相手も人目をはばかって囁くように言うので、

聞き取れなくて、「ん?」という顔をすると、もう一度同じことを言いました。

そこで相手の顔をよく見ると、以前住んでいた地域で、とてもお世話になった方でした。

限られた組織の中で、一緒に活動していた方です。

その方は引っ越して、その近隣で生活をしていることを思い出しました。

私はマスクをしていたのに、よくわかったなあ、という驚きとともに、

声をかけてもらえるのは本当に嬉しいことだな、としみじみ感じました。

自分を知っていてくれること。

覚えていてくれること。

それは、思っている以上に心があたたかくなる出来事なのだと思いました。

「思いました」というのは、私はこんな風に呼び止められることは

殆どないからです。

(逃げられることは、よくある😅)

ただ「知り合いに会った」というだけではなくて、

自分を覚えていてくれたこと

向こうから声をかけてくれたこと

が、とても嬉しくて、それは

自分の存在を肯定してもらえた

気持ちになるからなのかもしれません。


2026年4月11日

今年は、うちが組長です。

私たちの地区では、新しく来た順に組長になるらしく、右も左もわからないうちに役が回ってくる仕組みのようです。
私が引っ越してきてからの数年で家はどんどん建ち、地域はいまや38戸になりました。

ということは、一度組長をやったら、次に回ってくるのは38年後。
その頃には、私はたぶんもう死んでいるだろうし、もし生きていたとしても、ここにはいないかもしれない。

組長になると、定期的に参加しなければならない行事はいくつかあります。
とはいえ、「ああ忙しい、忙しい」と思っているときは、実際の忙しさ以上に、頭の中のほうが忙しくなっている気もします。
だから、なるべくそう思わないようにしています。

「まあ、今年限りだから」

そう言い聞かせながらやっています。

最近は、組長の仕事もずいぶん洗練されてきていて、前の組長さんが引き継ぎのときにメモリーカードを渡してくれました。
「ここに全部入っていますから。なんなら、僕が作成したものをそのまま使ってもらってもいいんで」
と言ってくださって、ずいぶん気が楽になりました。

自宅のパソコンで開いてみると、組で作成した周辺地図や一年間の行事予定、訃報の報告文、お祭りの告知、通帳の名義変更に関する書類、さらには集金関連のエクセルまで入っています。
必要なときにコンビニで印刷してくればいいのです。

これは本当に助かる。
でもその一方で、こういうやり方は、パソコンが使えない人にはどう映るのだろう、とも思いました。
便利になっていくことはありがたいけれど、それについていける人ばかりではないのかもしれません。

私の家は田舎にあるのですが、以前住んでいた駅近の地域より、ずっと進化している気がします。
38年後、この地域はどうなっているのでしょう。
そんなことを、少し不思議な気持ちで考えました。

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