どこか納得がいかない人の心理
親しくなった人と別れるとき、
「また会おうね。会ったら声かけてよ。私もそうするから。」
「逃げないでね」
と言われました。
そうそう、あるんですよね。私に気づいて逃げたり、隠れたりする人、
とまた話しに花が咲いてしまいました。
そして、
この人は、逃げたり隠れたりしないで、ちゃんと向き合ってくれる人なんだな、
と安心してさよならすることができました。
相手に避けられたり、逃げられたりすると、
私はどうしても思ってしまいます。
「嫌われているのかな……」
表面上は何事もなかったようでも、
どこか距離を置かれている気がして、
心の中で妄想が静かに、でも確実に暴走していく。
そして、勝手に悲しくなってしまうのです。
けれど多くの場合、それは私の問題ではありません。
相手の心の状態や、そのときの事情によるもの。
だから、もし同じような経験で傷ついている人がいたら、
「自分のせいだ」と思わなくていい。
そんなふうに悩まなくて大丈夫なのです。
実は、
私には一度それを強く実感する出来事がありました。
高校時代、すごく仲の良い友人を偶然ショッピングモールで見つけました。
でも、その人は「私に気づいたのか、気づかなかったのか」さっと人影に消えてしまったのです。
私は呼び止めようとして探したけど、見当たらなかったので、
諦めて歩き出そうとしたら、その子の姿が見えました。
「○○ちゃん!」と声をかけると、
彼女は涙をぬぐいながら、小さくあいさつを返して、また去って行きました。
ずっと後になって聞いた話では、
あのとき、家庭のことでとても心が傷ついていたそうです。
「お母さんだけは味方だと思っていたのに、
実はそうじゃなかったと知った日だった」と。
私はあのとき、追いかけないでそっとしてあげればよかった、と反省しました。
でも、必ずしもそういう事情があるわけでもなさそう
なこともあります。
お寿司屋さんで、家族と仲良さそうに食事していた人に気づいて手を振ろうかと思ったとき、
その人はなんと、
席移動をして、私に背を向けるよう座りなおしたのです。
私は、このことについて、いろんな人に聞いたのですが、
「そうね・・。例えばお化粧していないとき」とか?
「人に会いたい気分じゃない、とか?」
返ってきたのは、どれも曖昧な答えでした。
つくづく、
自分の心にないことは、人は理解できないのだ、
と知りました。私は、もうずっとお化粧していないし、パジャマで歩いていたとしても、「今日パジャマでごめんね」と言うだろうし、怒っていても
知っている人の顔が見えたら、嬉しくなってはしゃぎたくなるくらいで、
そういう人の心が、まったくわからないのです。
でも、「スイッチの切り替え」が必要な人もいます。
先に挙げた「お化粧していない」とか、「気分じゃない」とかも
全部
心の準備ができていない
ということの表れではないか、と思います。
もしこれを、夢占いの文章として書くなら、
私はこんなふうに表現するかもしれません。
相手と率直に向き合うことが難しい状況にあること。
あなたは、不公平さを感じているのかもしれません。
あなたの強い感受性は、
その裏に隠れた真実を見抜こうとしますが、
一つの違和感が解消されると、
また別の問題が生まれる可能性もあります。
……なんて、書くかもしれませんね。(~_~;)
物事は、必ずしも見た目通りではありません。
現実の人生には、曖昧な領域がたくさんあって、
重要なのは、そのことが自分にどのような感情を抱かせるか、そして
それにどう対処していくか
であり、成熟度にも関係しています。
そもそもそれが正しいか、正しくないか判断をくだし、理解する必要もない
のです。過剰に反応しすぎないように。
私達にできることは、
そういう人を、批判しないであげる
ことだけです。


コメント