自分を愛する、ということ

ちょっとへんてこだけど愛おしい、私みたいな雪だるま

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自分を愛することが大切、っていうけれど

それはどういうことで、なぜ必要なのでしょうか

ツインレイ女性においては、
「自分を愛することが大切」と、よく言われます。

けれど、

それって具体的にはどうすることなの?
なぜ、そこまで重要なの?

そう感じている人も多いのではないでしょうか。

私は、自分を愛するとは、

自分を「好き」でいられる状態を育てていくこと
幸せな自分を、日々の中で育て続けていくこと

ではないかと思っています。


なぜツインレイ女性は「自分を愛すること」が大切なのか

ツインレイと出会う時期は、
人生の中でも特に「自己愛」を学ぶのに適したタイミングだと感じます。

なぜなら、
ツインレイと心が通い合っているとき、

このままの自分でいい
自分を肯定できる
自分を好きでいられる

そんな感覚に包まれることが多いからです。

心はとても純粋で、
魂の迷いが少なく、透明度が高まっていく、

あなたが幸せでいるほど、
魂は洗われるように澄んでいき、
世界がやさしく輝いて見える。

誰がどうであっても優しくなれて、
「私はいま、一番幸せ」だと思えます。


幸せが続くことへの「怖さ」が生まれるとき

もし、この状態のまま生きられたら――
どんな出来事の中にも意味を見いだし、
一見不幸に見えることさえ、幸せへと変えていける。

けれど、
あまりにも幸せだからこそ、
こんな不安が顔を出すことがあります。

幸せすぎると、あとで不幸が来る気がする

(人生には幸も不幸もあるのだから、どこかでこの精算をしなくてはいけないに決ってる
だって、 苦労しなくちゃ幸せは手に入らないもの。)

あなたは、

自分のことを差し置いて「人のため」に頑張ってしまう人 ではありませんか。

自分だって凍えそうなほど寒いのに、自分を温めるより先に、人を温めようとしてしまうのではありませんか。 最初は「心から」していたことが、 いつの間にか自分の存在を認めてもらうための「犠牲的」行為になってはいないでしょうか。

最初は心からしていたことが、
いつの間にか
「自分の存在を認めてもらうための犠牲」
になってはいないでしょうか。


自分を愛する?それって利己主義じゃない?

自分よりも人を優先することが美徳
そう教えられてきた人もいると思います。

 自分を愛するなんて、ナルシストじゃない?

と言われたなら、やっぱりそうかな、と思ってしまうかもしれません。

けれど、
自分を好きでいられるときのあなたは、
本当に利己的でしょうか。

むしろ、

自分と同じように
他の人にも幸せになってほしい

そんな気持ちから、人に尽くせるのではないでしょうか。

ツインレイは、
「幸せな自分でいることが、どれほど大切か」を
体験を通して教えてくれる存在でもあります。


自分を愛せていないと、他人に期待してしまう

自分を愛することができていないと、
無意識に「自分の不足」を人に埋めてもらおうとしてしまいます。

例えば、

自信がない人は、自信のある人に惹かれ
話すのが苦手な人は、場を盛り上げる人に惹かれる

それ自体は、悪いことではありません。

世の中は、たいてい持ちつ持たれつの関係で成り立っています。

でも、

相手を「あてにする」恋愛 では、

失望してしまうこともあるかもしれません。

もしもその人が、あなたの期待に応えてくれなかったとしたら?

自分の外側にあるものに幸せを求める とは、そういうことなのです。


自分を愛するとは、魂が喜ぶ方向へ生きること

「自分を愛する」ことができると、
人生の選択を
自分の信念で行えるようになります。

転職
結婚
別れ

どんな選択も、
自分を信じて進める。

不安があっても、
「これでよかった」と思える強さが残ります。

自分を愛していないとき、
人からも愛されていないように感じるものです。

それは、
「私は幸せでいるために、誰かの承認が必要」
という思い込みが、心の奥にあるからかもしれません。


自分を好きになれないあなたへ

もし、

自分を好きになれない
どうしようもない

そう感じているとしても、

好きじゃない部分に気づいているなら、
変えていくことも、受け入れていくこともできます。

あなたが今の自分でいることを、
誰かに強要されているわけではないのです。

また、
自分ではない誰かになることもできません。

魂が喜ばない生き方を追い続けるのは、
とてももったいないことです。


仏法で語られる「自分を愛する」ということ

仏法説話の中で、
コーサラ国王が釈尊に問いかけます。

「真に自分を愛するとは、どういうことか」

釈尊はこう答えます。

欲楽にふけり、
身・口・意で悪を行う人は、
自分を愛しているとは言えない。

反対に、

善を行い
善を語り
善を思う人こそが
真に自分を愛する人である、と。

人が愛しい人のためにする善を、
自分自身にもしてあげること。

それが、
本当の意味で「自分を愛する」ということなのだと思います。

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