スピリチュアル ツインレイ

ツインレイ、それは永遠に惹かれあう魂の伴侶<9>苦しみが生じる時

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ツインレイの恋愛には試練があると言われています。

「サイレント期間」と呼ばれています。

その「期間」はまちまちで、数ヶ月のこともあれば、数年かかることもあります。

中には、何度もサイレントを繰り返した後、結ばれるケースもあります。

そもそもツインレイの場合、当事者同士は愛し合っているにもかかわらず、一筋縄でいかない関係であると言われています。

大きな試練や困難がセッティングされている場合が殆どです。

 

ツインレイが出会うのは人生の後半であるとも言われています。

ユングのいうように、それぞれが「人生の午後」を迎え、求める「幸せ」が内面の充実へと切り替わっていくにつれ、精神面で繋がる人を求めるようになるからかもしれません。

若い頃に出会っていても、外的な要因が邪魔して、お互いを惹きつけられなかったかもしれません。

前回でお話した「ノイズ」 ー「肩書き」とか、「年収」とか、見栄えなどー にかき消されてしまうことがありますから。

 

二人が愛し合っているのだから、駆け落ちでも何でもしてしまえばいいじゃないか、と周囲の人は歯がゆく思えるかもしれませんが、

それができない事情が課せられていたりします。

例えば、自分や相手が伴侶やその親と仕事で提携している関係であったり、どちらかが伴侶やその家族を養わねばならない事情があったり、様々あるでしょう。

ツインレイには霊性の高い人が多い、と言われるのも、無責任な逃避ができず「自分だけが幸せになればいい」という考えに至らないからでしょう。

では、勝手に姿を消すランナーは無責任な行為ではないのか、という疑問も生じます。

一体、この試練は

前進なのか後退なのか、幸福なのか不幸なのか、栄光なのか悲惨なのか

本当の苦しみは、チェイサーのあなたが「分岐点」に立たされ、気持ちの上で動けずにいることかもしれません。

どのように解釈するにせよ、

肝心なのは「不動の自分」を確立していくことであるといえます。

これについては、ツインレイだけでなくて、この世界で生活する人達全員にあてはまることでもあり、

自分を愛することが大切だと言われるのも、自立が必要だと言われるのも、執着心をなくせと言われるのも、このためではないでしょうか。

良い意味でも悪い意味でも、私達は変動常なき状態に置かれています。

そうであるほど「不動の自己」が確立されなければ、知らず知らず嫉妬や怨嫉などの情念に支配されるようになってしまいます。

相手を愛していれば、当然「一緒にいたい」という思いは強くなってゆきます。

最初は純粋な愛であっても、相手が既婚者であった場合、その家庭について考えるとき、

「上手くいかなければいいのに」

などのような気持ちに変わっていく可能性もはらんでいるわけです。

相手の立場に立ち、物事を考える人であるほど、魂が汚されていく気がして苦しくなります。

相手の幸せを願いつつ、心の奥底で不幸を願っている気がして、そんな自分が許せなくなっていきます。

たいていの場合、苦しみは、<8>でお話した宇宙の営みに反していることからくるように思います。

その行為が

「慈悲(慈愛)の顕在化」であり、

「嵐がこようと何があろうと悠然として微動だにしない」(=大我に基づいている)と確信でき、

「自他ともの幸せ」を願って行われていると感じられるとき、私達は無理解な批判にあっても、その結果に囚われ悲観することはありません。

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