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真の友達を得る必要はあるの?

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◆真の友達はどういう人か

 

「友達」については、過去の記事でもお話しました。

 

今回は「真の」友人についてを、少し語ってみたいと思います。

 

釈尊は、以下のような人は友達ではないことを知っておきなさいと言っています。

 

「友達関係が悪くなることを恐れて、口ではぬかりなく世間話などをしながらも、相手の欠点だけしか目に入らない人は、友ではない。」と言っています。

 

また、「真の友」については、

その人とともにいるだけで、子が親の胸に抱かれるように安心でき、何があっても信頼関係が壊れない人」だと言っています。

 

真の友情とは、同じような服装をしていないからとか、同じ番組を見ていないからとかで崩れたりはしません。

 

また、「その人がどれほど役にたつか」でもないと思います。

 

その存在の仕方に、自然と親しみの感情が湧きあがるものではないでしょうか。

 

◆真の友人が得にくいのは、時代のせいだけではない

 

ある有名な精神病理学者は、

 

『残念ながら、現在の日本人の多くは「仲間」はいるけれど「友人」はいない。そういう社会風潮になっている』と語っていました。

 

実感としても、今はなかなか真の友人関係が築きにくい時代であるように思います。

 

けれど、なにもかも「時代のせい」のようには思いたくはありませんよね?

 

どの時代もよくない面をもっているし、その中で少しでも明るく生きていける可能性を模索してきたはずです。

 

それはいつの時代も変わらないことだと思っています。

 

多くの人が「真の友情」を求めている

 

誰もが、自分が投げ込まれた厳しい世間から身を守るために、それぞれのやり方で自分の要塞を築くようになります。

 

生き残るために、本当の自分を裏切ることさえあるかもしれません。

 

自らの意思に反し、本当は「ノー」と言いたいのに「イエス」と言い、自身を裏切っていることもあります。

 

けれど、その内面に「善」は生き続けています

 

純粋な、人を信じる心も本当はなくなっていないのだと思います。

 

今は避難しているだけ

 

その心は信頼と愛のある場所に置くことができたなら、命を吹き返のではないか、そんな風にも思えます。

 

自分自身もそう。

 

内なる善を思い出すことができればできるほど、より良い魂と再会することができるように感じます。

 

そのような意味でも、心を許せる友人に恵まれている人は幸せだと思います。

 

友人の存在は確かに人生を豊かにしてくれます。

 

あなたも、友人に話して

「凄い!」「よかったね!」と言われて初めて自分の喜びをかみしめられる、ということがあるのではないでしょうか。

 

哲学者アランも、

 

友情の中には素晴らしい歓びがある

僕がいることで友人が少しでも本当の喜びを得るなら、その喜びを見たぼくが、今度はまた喜びを感じるのである

 

と言っています。

友人は自分の鏡のようなものなので、その人に話すことで客観的な評価を受け、自分を見つめなおすこともできます

 

気兼ねなく、適度な自慢話ができ、相手の喜びを自分の喜びだと感じられる関係であってこそ、真の友人ではないでしょうか。

 

とりわけ女性は、相手の秘められた感情や情緒に見事に反応できる能力を持っています。

 

それは宇宙自体から託された役割を持つ女性の「本燃の力」ともいえるもの。

 

真の友人を得るために大切なことは、まずは自分自身が相手の優れた点を見つめ、尊敬する人であろうと努めることではないでしょうか。

 

まだまだであるとわかっていますが、接する人に、豊かな心を呼び覚ますことのできる人になりたいと改めて思うのです。

 

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