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自分の欠点ばかり気になるのですか

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◆欠点は、本人しか気にしていないことが多い

 

◆欠点と思っていることの多くは思い込みであったりする

 

◆欠点を隠そうとすることに利点はない

 

欠点を克服しようと躍起になるより、正直な気持ちで人と繋がることのほうが大切

 

◆欠点は、本人しか気にしていないことが多い

正直、私は欠点だらけです。

ただ、PC・スマホを介しているのであなたにそれは見えないし、「私ほどではないでしょう」なんて、思っているかもしれません。

だから、私をバカにしたりはしないし、第一人の欠点なんてかまってはいられないわ、と言うかもしれません。

でも、自分ではどうにも気になって、劣等感と闘っているんです(>_<)

多くの場合、こんな感じで

自分にはあれもこれも「欠けて」いる、

だってあの人は話上手なのに、私は口べた、あの人はすごく女性らしいのに、私は全然女らしくないんだもん、

そんな風に自分のことは気になるけれど、他の人もまた自身の欠点の方と闘っているなんて、考えられなかったりします。

他の人も、あなたの欠点など「大したことではない」と思っていたりするのに。

 

◆欠点の多くは、思い込みであったりする

子供の頃、親が将来を心配して目に付く欠点を指摘してくれました。

親は、愛情から

この世界で生きていくためには、決った枠組をはみ出してはならないよ、と教えるため、

あなたは厳密な取り決めに従い、何事も守備よく成し遂げなくてはならないような気にさせられます。

繊細な人ほど、誰かにたまたま気になっていることを指摘されてとても傷つき

誰からも守ってもらえない

ことを痛感するかもしれません。

度重なると、あなたの中で「自分の欠点」はどんどん大きくなり、

「不自由に生きる」ことを余儀なくされてゆきます。

ただ、そのような人は、自信満々に生きている人よりも感情の起伏を捉えるのが上手く、人の心の痛みを察知してあげることも多いのです。

「自分の欠点」にばかり注意がいって悩む人に、人は「気にすることなんてないよ」と言います。

でも、それができなくてあなたは悩みます。

そんなあなた自身を生きやすくするために、一つの方法として提示したいのは、

その時感じたことを、できるだけ言葉にのせて「表現する力」を磨くこと。

「わざわざ自分の欠点を人にさらすなんて恐怖でしかないよ」と言われてしまうかもしれません。

でも、それができるようになると、あなたの感情は抑圧から解放されるようになります。

多くの人はあなたほど繊細ではないにせよ、

「ここに触れてほしくはない」というところを、一つや二つもっているものです。

誰かがその部分にうっかり触れてしまい、固まってしまったその人の心を、あなたは見事にキャッチすることができるでしょう。

「辛辣なダメだし」をされた人を支え、あなたの「完璧」を目指す気持ちを上手に使えるようになれば、自分自身も幸せになります。

あなたが「欠点」と思っているものの中には、単にそう思い込んでいるだけのものもありますが、

他の人も同じように思っていて、「もやもや」していることもあります。

「欠点にばかり注意がいく」自分の気持ちを放置するのではなく、的確に人に伝えようとすることで、あなたは他の人の心も「すっきり」させながら、自分の気持ちも癒していくことができるようになります。

 

◆欠点を隠すことに利点はない

反対に、「自分の欠点は誰にも気付かれないようにしよう」と思っているとき、その欠点を「埋め合わせる」ためにじたばたしてしまったり、誰か(恋人)にそれを埋めてもらおうと考えたりします。

勿論、世の中は持ちつ持たれつなので、それ自体はかまわないと思うのです。

でも、ありのままの自分を受け入れないまま、なんとか相手と波長を合わせようとすれば、それは「もがく」ような状態で、何かにつけ苦しくなります。

その苦しみを和らげるために、自分の欠点を受け入れてくれそうな人を無意識に探すようになるかもしれません。

悩んでいないならともかく、

悩んでいるのに「隠そう」としたり、感情を放置したままいることに、ほぼ利点はないといえます。

あなたが欠点だと思っていることを、自分の長所によってうまく作用させよう、と考るほうが、自分の隠れた能力の開発に役立つことの方が多いのです。

また、「自分自身に帰属すること」を覚えれば、同じ波動を持つ人達を惹きつけられるようになります。

 

◆欠点を克服しようと躍起になるより、正直な気持ちで人と繋がることのほうが大切

欠点を克服して「完璧」になることが、この人生の目的なのでしょうか。

だとしてもその「完璧」が何なのか、誰にもわからないし、ある欠点が克服されたら、また新たな問題にあなたの目は向けられることでしょう。

また、誰しもが進むべき運命の道にいて、思い描く「完璧」はその人ごとに異なります。

もとより真摯に自己を研鑽し、理想的な人格を目指すことや、理想とする精神をとりいれていくことが大切なのは言うまでもありません。

完璧を目指している人は、時に

世間の「人々に期待されている役割」を上手に演じることを「完璧」だと思っていたりします。

その場合、

その期待に十分に応えられなかった、と思えば自分は「完璧ではない」と思い、改善にむかうどころか孤独な気持ちにさせらます。

理想に向かおうというテンションは生まれにくくなります。

「欠点」は「悪」で、「罪」とか「罰」を与えられた気がしてしまうのかもしれません。

自分のことを問題者だと思えば、人との絆をつくる扉を開けなくなります。

或いは、とても限定的な世界で生きることを強いられるようになります。

この世界では、誰しもが「無条件の愛」を学びながら生きています。

あなたは誰かを無条件で愛するとき、相手の欠点も丸ごと受け止めて愛します。

同じように自分のこともオープンな心で受け止め、判定にかけたりせず、純粋で自然で、正直な反応をする訓練を積み重ねていくことが大切です。

あなたが「愛の目」を通して物事を見られる時、相手の欠点は「愛嬌」だとさえ感じ、より愛おしさを感じます。

長所だけの人

なんて、たぶんいないし、何かつっこめるようなところがなければ、つまらないよ、

って、私はあくまで個人的にですが思うのです。

また、欠点を自覚している人は、人の欠点についても寛容です。

冒頭で言ったように、私にも沢山の欠点がありますが、自分の中にそれがあるのは愉快で、面白い奴だと思えます。

また、それがあるおかげで、こうしてあなたとお話することができます。

愛の目を通して見る時、あなたの欠点には、利他ともの幸せへと向かう「創造」の可能性が秘められていると気付くことができます。

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