スピリチュアル ライフスタイル

「自分には才能ないから」は口癖ですか

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◆心惹かれ続けるものが道を教えてくれる

 

私は暫くライターで稼いでいましたが、最初からうまくいっていたわけではありません。

 

全くの初心者でしたので、他のライターの方々の書く文書を見ては溜息をついていました。

 

それがいつしか「担当」部門もでき、動画掲載され・・こうしてあなたとお話することができるようにもなりました。

 

誰からも方法は教わっておらず、最初に私に仕事を一任してくださった方は、今でもよくもこんな自分に目をつけてくださったなぁ、と思っています。

 

他の方々の意気込みといったら凄いものなのに(あとから知ったのですが)、私には自慢できるスキルもないし、紹介文もありふれて短いものでしたから。

 

最初から「才能」とかは考えていません。

 

「好きこそものの上手なれ」という、少し古いかな・・格言もありますよね。

 

エジソンも

 

天才とは、99%の努力と、1%のインスピレーションである」と言っています。

 

仏法でも、

 

身強き人も心かひれなければ多くの能も無用なり

 

という言葉があります。

 

どんなに多くの才能をもっていても、心が弱ければ、またそれに「惹かれる気持ち」がなければ用を為しません

 

そういう意味では、私のずっと深いところで生き続けていたものが今に繋がっているのでしょう。

 

私の小学校時代6年間の「将来の夢」は、「小説家になること」で一貫していました。

 

家は貧しく、私にあるのは想像力だけ。

 

母親が唯一連れて行ってくれていた「図書館」が大好きな子供でした。

 

そんなことを言うと、さぞ本を読んでいたのだろうと思うかもしれませんが、そうではなく、

 

「本に囲まれている」ことが好きだったのです。(^_^;)

 

今でも、それは変わっていません。(本があると落ち着くってだけです)

 

何の武器も持たずにこの地球にやってきた人はいない

 

以前、ちょっとした集まりの中で、私を見つめ

 

「私も、もっと本を読めばよかったと思って・」と言われた方がいました。

 

けれど、私は思ったのです。

 

その方は、私なんかよりずっと賢くて人の面倒見がとてもよくて、周囲の誰もがリーダーとして適任者と太鼓判を押すような方。

 

「○○さんには、それはきっと必要なかったんですよ」と、つい偉そうなことを言ってしまいました。失礼いたしました。

 

世の中には、障害を抱え、生きていらっしゃる方がいます。

 

私はそのような方とも接する機会がありますが、心から敬意を払い、思うのです。

 

例えば目が見えていない方は、その必要がないほど「心の目」が開いているんだなぁ、と。

 

子供のような純粋さだけを携え生まれてきた人は、「人の心を救う」仕事をし、愛され生きていると感じたりします。

 

勿論、苦しみ悩む課程で備わることもあると思いますが、そう思わざるを得ないものを感じます。

 

アドラーも言っています。

 

いわゆる「もってうまれたもの」は、それほど大きな意味を持たない。

大切なのは、その持ってうまれたものを、子供時代にどのように扱うかということだ。

 

世の中の「成功者」と呼ばれる人は、実に不思議なところから階段を駆け上がってきます。

 

思い浮かぶどの人も、最初から恵まれた状況の中で「その道」を登り詰めてきた人なのではないことは確か

 

共通して言えることがあるとしたら、「やむにやまれぬ思い」とか、「ぎりぎりまでの挑戦」ではないでしょうか。

 

そんな風にいうと、「やっぱり努力かぁ」なんて思うかもしれませんが、

 

以前に書いた「フロー体験」が、静かな高揚感と幸福感の中でそれをやってのけます。

 

無我夢中で取り組むことができる、肯定感で満たされる、そのようなものが、きっとあなたにもあることでしょう。

 

何の武器も持たずに地球にやってくる者はいない

 

と言う言葉を聞いたことがあります。

 

自分では気付かなくても、他の人からは見えていることもありますよね。

 

過去の記事にも書いていますが、あなたがこの地球上に降り立ったのは、それが地球にとって必要であったからで、

言い方を変えれば、この地球になんらかの影響を与える役割があります。

 

ある段階までの体験は、それがわかった時全て生かされます。

 

残念ながら、その時まではヴェールがかかり

 

「こんなことしてて、なんか意味があるんだろうか」と思ったりすると思います。

 

私もそう。(長くなるので省略(^_^;))

 

◆あなたの魂が喜ぶのは、きっと創造性があるところ

 

どんなに収入のよい職業に就いていたとしても、喜びの感じられない仕事、疲れしか感じない仕事は、あなたの生命力を減らし、創造性や自己表現を雫ほどに減らしてしまうでしょう。

 

仕事ではないにしろ、命に創造の機会を与えてやれることに従事することが大切です。

 

本来、あなたが携わるべきは自分の尊厳を正しく扱える場所だからです。

 

自分の生命を屈辱的に扱っていると思えるなら、方向転換をしてみてください。

 

自分を犠牲にして生きるのは禁物です。

 

あなたに与えられる報酬があなたの力に一致していると感じられると、次のステップに進んでいくこともできます。

 

時々紹介していますが、恩師が、本当の功徳というのはこういうことだと言われたことがあります。

 

そこに一生のすべての体験が生きてくる。何ひとつ、塵も残さず、無駄はなかったことが分かる

 

「余力を残して」取り組まないことが大切です。

 

その時の精一杯のあなた、きた依頼に自分の持てる限りの力をだしていく癖をつけるようにしてみて。

 

生きている手応えを実感できるようになると、無理なく、到達したい「憧れ」のものに関心が向くようになります。

 

もう行き詰まることもなくなっていきます。

 

「機が熟せば前に進むことができる」とわかるから。

 

その頃にはもう、人の才能と比べ気にすることもなくなっているはずです。

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