スピリチュアル ライフスタイル

「祈り」について<2>その「祈り」は「お願い」になっていませんか

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祈るという崇高な行為を誰もがしている

<1>では、祈りとは、

・大宇宙と小宇宙との交流の儀式であり、

・あなたの中の高い特質、つまり「仏」の生命を開いていく行為である

というお話をしました。

 

一般的に「祈っています」という言葉を発する時、それは自分よりも、もっと大きな存在に願う行為をするからね、という意味で使うのではないでしょうか。

 

その場合の「自分よりも」は、「人間を超える何か」で、「だから安心してて」と暗黙のうちに告げているわけです。

 

面白いのは、普段「スピリチュアルとは無縁」であるような顔をしている人も、そう豪語している人も、「祈り」という言葉を使う時点でしっかり関わっているのですよね(^_^)

 

もし、今回の記事を踏まえて相手に励ましの言葉を送るとしたら、このような言い方になるかもしれません。

「あなたが本来の力を引き出せるよう、一緒に祈りましょう」と。

 

ただ、普通はあなたの温かい思いを告げることが大切なので、神経質にあれこれ考えあぐねる必要はないと思います。

 

◆祈りとは、森羅万象を貫く法則を自分の生命に湧現させる行為

ところで前回、「仏」についてを自分の中の高い特質と思っていい、という話をしましたが、それが揺るがないもの「普遍的なもの」であることは必須です。

 

祈る対象がいろいろに変化したら困りますよね。

そういう意味では真理であり、哲学であり、真実の、永遠に変らぬ「法」であるともいえます。

 

即ち「祈る」とは、

・あなたの中の高位の生命への呼びかけであり、

・仏を守ろうと働く諸天善神を味方につけることであり、

・森羅万象を貫く究極の法を湧現させていくことであるといえるのです。

 

ちょっと休憩しましょうか。



◆祈りとは本来、誰かにお任せする行為ではない

あなたは普段神社やパワースポットなどに行くでしょうか。

そこに行くからには、きっと何からしら「お願い事」をもっていくのではないでしょうか。

 

そのような時にしている行為は「祈り」とは違って、

「○○が○○になりますように」若しくは「どうぞ○○にしてください!」という、「お願い」です。

 

何が違うかというと、全面的に相手にお任せしますよ!と言っているのであり、暗に

「私にはその力がないので」と言っているのです。

 

本当は、あなたの中に全てを変えていく力があるというのに!

それを信じていないわけです。或いは自分を頼りなく思っているのです。



◆聖なる場所に行ったらすべきこと

勿論、聖なる場所へ赴くこと自体が悪いわけではありません。

あなたの心を清浄にできると思う場所に行ったなら、そこで「決意」すればよいのです。

 

そこで決意して、自分の中からパワーを引き出そうとすることが大切です。

それこそが「パワースポット」と呼ばれるゆえんではないでしょうか。


 

 

 

 

 

 

 

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