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私ばかり損している、と思っていませんか?

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◆私ばかり損しているのではないか、と思ったら自分を犠牲にしがちになっていないか考えてみて。

 

自分が愛されるためには○○でなければならない、と思っていることはありませんか。

 

「自分はそんなふうに 思ってはいない」

 

あなたはそう思っているかもしれません。

 

それが思考の習慣になっていて気付かないこともあります。

 

最初は本当に心からの献身でやっていたことも、人から

 

優しいね」「すごいね

 

と言われるようになると、そうあらねば自分の存在意義はない、

 

そうではない自分には価値がない、と思えるようになってしまう

 

だから「もっと頑張らなくては」と無理してしまうこともあるのです。

 

それが真心から行われることなら、気持ちは前向きなので益々活気づき、物事をうまく回せるようにもなります。

 

けれど、本心に逆らっていたり、

 

「本当は私だって休みたいのに」と思って人の分まで請け負ってしまうようになると、覇気がなくなったり物事はうまくまわらなくなっていきます。

 

あなたがもしも今、そのようになっていると思うなら、体に異変が起きる前にストップして下さい。

 

時には長い休暇をとって、生き方を変えるために使って下さい。

◆私ばかり損している、と思ったら立ち止まり、何かを変えてみる。

 

そこまで言うのは、私が体験者だから、同じ苦しみを味わってほしくないからです。

 

私を救ってくれたのは運命的な出会いをした人です。

 

それまでの私は、幸せになることよりも「頑張る」ことに価値を置いて生きていました。

 

私にとって、いつまで経っても「幸せ」はもっと遠い先にあるものだったのです。

 

ある地点ではがむしゃらになることがあるとしても、「なりふり構わず頑張り続ける必要はなかったのだ」ということを、その人に出逢ってはたと気づきました。

 

仕事も辞めました。

 

仕事は人の三倍やって一人前」という気持ちで入社した私は、その通り初日から飛ばしてしまいました。

「(大変なことは)自分がやります」と思って手を挙げてしまう人には

 

他の人が大変な思いをするのを何もせずに見ているほうが辛く、自分がアクションを起こしているほうが楽だと思ったりします。

 

私は「経理」を担当していたはずなのに、いつの間にかそれ以外の仕事の大半を請け負うようになりました。

 

今日はやらない!、と思っても頼まれると反応してしまうのです。

 

5時終了の仕事が10時を過ぎても帰れなくなりました。

 

ひどい時には一本の電話をとりながら、二本目の電話に手を伸ばしてやりとりして、

 

頭痛が酷くても休むほうが辛くて無理して出社し、蕁麻疹に悩まされながらも病院に行けない・・

 

「何かのせいで」自分は幸せは奪われている、という気持ちなってしまうのです。

 

誰のためでもなく、自分の独りよがり。

 

会社は誰かに何かあっても大丈夫なように「組織」になっています。

 

「私が動かなければこの仕事はまわらない」と思っていても、なんとかなっていくことが多いのです。

 

もしもそうでないなら、その方が問題です。

◆私ばかり損していると思いながら生きても幸せを見つけることはできない。未来は今の延長だから

 

この例からも、あなたがそうした「犠牲的精神」で続けていることは、悲しいかな実を結びません

 

どこまでいっても、自分が頑張らないといけないのだという呪縛の中で悩まされ続けるだけです。

 

もしも「仕事なんだから、そう簡単にはいかないよ。」というのだとしたら、気持ちのほうを「心から楽しい」と思えるように仕向けて下さい。

 

あなたの未来は、今の延長です。

 

今の努力も、心からの楽しんで行っている努力であることで、「ぶれない」ものになっていきます。

 

次回は、この「心」のあり方が「幸せ」とどう関わっているのかについて考察したいと思います。

 

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