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カルマに縛られて生きてはいけない

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◆カルマをつくる「過去世」を、あなたは信じる?信じない?

随分前に、過去世(前世)療法について記事にしたことがあります。

前世療法というと、ブライアン・L・ワイス博士をご存知の方も多いのではないでしょうか。

その前に、

「生命が継続する」という考え方に抵抗がある方もいらっしゃるかもしれません。

TVで有名な方が「人生は一度きり。前世とかは信じていない」と語っているのを、たまに聞くことがあります。

そういう人の中には、もう「人間として」は生まれ変わらないと決めている人もいるのだと、聞いたこともあります。

例えば神様がいて、神が宿命を決めるという決定論を信じる人もいるでしょう。

そこには、「ひとり一人が自分のカルマを作る」という自由や可能性はありません。

思想は自由であり、それについて誰かにとやかく言うすじあいはないでしょう。

私個人は、いつもお話しているように仏法を学んでいるので、

たとえば人生というものは本の中の一ページのようなものであり、一つのページを読み終えると次のページが開かれる、そんな考え方に基づいています。

魂は「永久に続く」と考える仏教徒は、死を恐れません。(未熟な私はまだこわい^_^;))

カルマがあるというのは、仏教特有のものです。

ですが、カルマをおそれて生きているかというと、それも違います。

◆カルマはある、と考えるほうが「よりよく生きる」うえでは有効的

転生輪廻に関しては、科学的に証明されていないから簡単には信じられない、という方もいらっしゃるでしょう。

それに関して、近似死体験の研究にヒントがあるように思います。

エリザベス・キューブラー=ロス氏・レイモンド・ムーディー氏らの発表した「近似死体験」は世界的反響を呼び、それに類似した本が今や何十冊と出版されています。

それらの中で紹介される、

生き帰った人達が語る体験には共通点が多く、もはや空想でもなければ幻想の産物でもない、現実に起こりうるものであると考えるほうが自然であるように思えます。

例えば

硬い壁もなんなくすり抜け、移動することができる、天井近くに浮きながら自分の死体を眺めている、自分の人生を一瞬のうちに思い出すことができる、トンネルのような場所を物凄いスピードで走り抜けた、光が見えた、慈愛に包まれたなどと言われていますよね。

あなたはどう思いますか。

転生輪廻、過去世・現世・未来世があると信じますか。

深層心理学の研究者として有名なカール・ユングも、70代に近似死体験をし、その体験についてをこう語っています。

死後の生命の状態は恍惚の状態としか言う以外にない。

そこでは過去も現在も未来も渾然一体としていて時間という概念はなかった

そこで起こる全ての現象は過去も未来も区別がつかなかったのである

(「記憶・夢・思想」)

 

仮に、

心の片隅にはまだ疑惑があったとしても、「ある」と考えたほうがよりよく生きるうえでは有効的だともいえます。

◆カルマを受け容れても、従来の「宿命論」に振り回されてはいけない

転生輪廻を受け容れ、良い行いをしようと考える人もいると思います。

一方で、

「どうせ自分はダメだ」

「宿命だから」

「カルマのせいだ」

などと諦めの生き方になってしまうこともあります。

自分にとって都合の悪い状況にあるときには後ろ向きになりがちです。

過去が現在を決定し支配すると考え、過去に縛られたままになり、前進を阻んでしまうのです。

それは「カルマに縛られた」生き方です。

人は、そんな風にちょっとしたことから停滞したり、間違った方向に流されて続けてしまうことがあります。

それはひとごとではなくて、

ちょっと悪い考えを持ったために、悪い行いとして犯罪者になることも起こりえれば、ちょっとしたことで良い考えを持ち、同じ人生の中で善良な人に生まれ変わり、人から尊敬されるということも起こり得る、簡単に良い方向にも悪い方向にも変わるわけです。

人は、

外側からの刺激・縁・内側からの理性・意志力・生命エネルギー

などによって、簡単に変わる、

でも、だからこそ「転換」していくことが可能である、といえます。

◆カルマとは、諦めの宿命論ではない。私達はみな、よりよい未来を創造して生きる勇者

人もまた小宇宙である

という考え方は、多くの哲学者が語っているところです。

自然界におけるエネルギーと同様、生命は作られもしなければ突然消失したりもしない、宇宙のもっている根本的な性質と考えられています。

あたかも海の水が水蒸気になり、雨になり雪になり、また地表で解けて川となり海となるように。本質は「水」であることに変わらぬように。

私達の本当は「魂」であり、

死によって古い器から抜け出ると見えなくなりますが、生まれ変わった時にはまた、あなたは宇宙から前世で培ってきた要因を引寄せ統合し、適切な場所に、適切な姿形で生まれ、新たな自分を創ってゆきます。(必ずしも地球に生まれるとは限りませんが)

死は一日のリズムでいえば「眠っている」時と同じ状態であり、次の日に目が覚めた時、いきなり別人になったりはしません。

例えば

人は朝目覚め、日中活動し、夜になって疲れると眠りに入り、次の朝また目が覚めます。

翌朝目覚めた人は、昨日の自分と同じであり、それについて疑う人は一人もいないでしょう。

昨日、あるいはそれ以前の日々に行ったことは全て今日に影響しているのであり、

昨日は過去世に相当し、今日は現世、明日は来世に対応します。

勿論、これは仏法の存在論であり、それとは違う解釈をしておられる方もいらっしゃるでしょう。

それでも、

その過去の自分・昨日の自分を受け継ぎつつも、今の自分の一念でその意味を変えて行動を創造しよう、未来を開いていこう!

とすることが大切であるとは言えないでしょうか。

仏法で解くカルマは、決して諦め的な宿命論ではありません。

「未来への挑戦!」これから何をするのか、こそが大切です。

人が生まれかわるのは、過去を埋め合わせるためでしょうか。

そうではなく

あなたが「闘い続ける」者だからこの世に降りたってい

のです。

あなただけの個人的な都合で生まれ変わる、決してそんな単純なものではないはずです。

あなたがこの地上に降り立つのは、それが宇宙にとっても前進への影響を与えるからです。

他の魂と交わり会い、影響をあたえあうことに意味があります。

この人生の筋書きを、あなたの開拓精神でよきものに変えてゆこうとすることが大切です。

あなたは、この人生で幾つもの「逆転劇」を描いてきました。それは、他の人にも自分の未来にも影響を与えています

いつだって 今、ここから 始まっていくのです。

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