スピリチュアル ライフスタイル

人前で上がってしまうのですか。

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◆あがってしまうのはどうしてだろう?

最近はPCの画面上で会議をする機会も増え、私もZOOMなどを利用するのですが、自分は慣れた自宅にいながら話をしているにも関わらず、やっぱり緊張します。

コロナ終息後にはまた、人とじかに顔をあわせて会議が行われたり、慣れない集まりに参加するようになると思います。

私は本当にあがり症なのです。(今はだいぶ改善された)

例えば仕事の会議などで最初は呼吸を整え、スムーズに発言していても、途中から

人前で喋っている自分を意識し始め無性に恥ずかしくなって、顔が真っ赤になって、ろれつが回らなくなってしまう、なんてこともよくありました。

たとえば誰かの結婚式など、

たまにめっちゃ広い会場の壇上に立ってスピーチを組まれることもあると思いますが、そのような時は「予定」されているので、覚悟が決るし、準備することができます。

私も小さな集まりの中で

「はい、次は中村さん」と急にこられる時のほうが、やばかったりします。

あなたはどうですか。

どちらも無理無理・・なんて言われそうですが、

人前で緊張してしまうのは、ことごとく場の空気感のようなものをよみとってしまい、そこにさらされている自分をなんとかもちこたえようと

身体が頑張ってくれているので、慣れないほど、脳が混乱しがちです。

大事なこと・言わなくてはいけないことも全部吹っ飛んで、「真っ白になってしまう」なんてこともありがちです。

咄嗟にあわてふためかないためにも、

知らない人のエネルギーにも慣れていくこと、何もない時から積極的に「場数を踏ん」でいくことも大切であったりします。

 

学生時代、生徒会長に立候補した人が壇上にあがり、一息ついて言いました。

「緊張・・しますね」

自分の緊張感を笑顔で堂々と伝えたのはナイスでした。それがドカンとウケて、その明るい流れの中で彼は演説をし終えました。

無理して隠そうとするより、

ありのままでいられるようにすることが、「自分を守る」ことになっていたります。

また、

あがってしまうのは最初だけということもあります。

原稿やメモを読む準備があるときは、話をし出すとそれをなんとか伝えきろうと意識がもっていかれるので、案外平常心でいられたりもします。

よく言われているように深呼吸をすることも大切で、呼吸の仕方を練習したり、自分にエネルギーを与えてくれるアイテムを見つけることも有効的だと思います。

無性に惹かれるものというのは、「あなたの心に働きかけるもの」ですから、無意識のなかの何かと繋がっているのだと思います。

予めその日がわかっているのなら、

あなたの好きな色とか、「これ着ている時には調子がでるんだよね」と思うようなものを身に付けるのもよいのではないでしょうか。

 

◆上がってしまう時は、人をじゃがいもと思え?

随分前に

「ここにいる人達をみんなジャガイモだと思え」とか言われたことがありますが、そう思うこと自体に無理があったりします。

私は、そのような時には逆に

「みんな仏様だ」

と思うようにしています。仏様といっても死んだ人のことではなくて、境涯のことです。

仏さまなのだから、失敗しても大丈夫。みんな優しくフォローしてくれる。

そんな根拠のない期待をもって私は挑むのですが、相手が一人でも二人でも、自分の側にそういう姿勢があれば、相手もそれをよみとってくれていると思います。

相手が好意をもって接してくれているかどうか、人はわかるものです。

その人の態度如何で相手の態度が変わってしまう、ということも珍しくありません。

自分より低い目線で伝えるよりも、「尊重して」伝えるほうが、うんといいと思うのです。

◆あがってしまっても、現実の自分から離れない

無理していいことを言おうとするのも、失敗しがちです。

いいことを言おうという気持ちは大事でも、

「無理して」いるのは「自分を変えて見せよう」とする方向にあり、せっかくいいことを言っても、受け手には伝わりにくくなるし、盛り下がってしまう可能性もあります。

心なしか、壁一枚を隔てて伝えるような感じで、

同じことを言うにも

あなたが使い慣れた言葉で表現するほうが、やっぱり人の心には届きやすいし、ぐっと親近感が増します。

 

ある釈尊の説法を思い出したのですが、普段の言葉(俗語)ではなく、わかりにくい(雅語)で語ろうと思う、と申し出た弟子にたいし、

釈尊は厳しく非難し、言ったのでした。

「それぞれが自分の言葉で仏の教えを学んでいいのだ」と。

目的は

いかに権威づけるかではなく、いかに多くの庶民に教えを伝えるのか、苦しみから救うであったからです。

 

あなたが元々持っているものが、相手に最も大切なことを伝える手段となります。

ちょっとひょうきんなところとか。真面目な感じとか。もっといえば

書道・絵画・漫画・陶芸など、そうした作品はその人自身が何も語らなくても人となりを想像させるものがあります。

また、

たいてい、その場の空気をつくるのは最初の人です。

物事は、良くも悪くもまず最初にそれを行った人の流れに飲まれがちで、それがプレッシャーになって、

ガチガチになってしまうかもしれません。

肝心なことについてはそういったもの=分身(自分をアピールできるもの)に任せ、あなた自身はありのままでいこう、と割り切ることも大切です。

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