休日の独り言

最初の一人になればいい

 

今日は、なんとなく思ったことを書いてみました。

幸せは不幸せを装ってやってくる、

そんな風に思うことがあります。

大きな幸せを掴む目前にいるのに、大きな不幸せに包まれ、もう二度と立ち上がれないような気がして、心を閉ざしてしまうことがあります。

「負けずに乗り越えろ!」というのは簡単ですが、当事者の気持ちになれば、その状況はあまりに困難で、どうしようもなくて、「絶望」でしかありません。

他者の目からみれば、とうにそれを経験した人からすれば、まだ他に道があるように思います。

そんなことで落ち込んでいてはこの先いくら命があっても足りないよ、

そんな風に励ましてしまうこともあります。

悲嘆は惨めで、「ダメ」な状況で、何も生み出さないから。

そこから一刻も早く救いだしてやろう、という心が働いてしまうのです。

それにより、相手の傷は益々深くなります。

心がえぐられるような思いをすることもあります。

何度か「喪失」に見舞われた時の心理についてお話していますが、このような時、ポジティブな側面を探してあげようと考えるには、無理があります。

「そこには何かメリットがあるはず」などと言ってその人のあり方を否定し、立ち直らせようとすれば、その人はやがて立ち直ったとしても、生涯口をきいてくれなくなるでしょう。

そのあり方を許してあげることが、認めてあげることが、心の回復を早めます。

悲嘆にくれ、

もしかしたら生命を落としかねないような状況が、その人を成長させます。

古い自分の殻を脱ぎ捨てることができます。

人には見えない殻があって、本当は脱皮しながら生きているのかもしれません。

幸せいっぱいの日常のなかで、人は変わることはできません。

 

世界は限りなく多様で、

人の心は限りなくデリケートです。

人類の多様さと、時代の変化に即して、私達にはいつだって「智慧」が求められます。

これまでの習慣・表現・言葉を押しつけではないもの、もっと根源の真理に即したものの考え方、

茂木健一郎氏の書籍の中には、このような表現もあります。

そこから離れなければならない。

現実とは無縁の自由な空間の中に、羽ばたかなければならない。

自ら身体を張らなければならない。

自ら失敗し、傷つかなくてはならないのだ。

「挑戦する脳」茂木健一郎

 

「勝つ」ことはできなくても、「負けない」自分でいることはできる、

挫折を味わっても、再び起き上がることはできる。

 

「これまで、そんな前例はないよ」、そう言われて、諦めようと思ってしまうことがあります。

でも、それが本当に大切なことであったなら、あなたは決して諦めないでしょう。

私達のごく身近な人達の中には、いとも簡単にそんな前例を打ち破ってしまう人もいます。

数年前、高校の同級生で友人女性が、勤め先の銀行初の支店長になりました。

彼女は私達の誇り、今でもよき仲間です。

あなたの周りにも、きっとそのような人がいることでしょう。

 

あなたが勇気を振り絞ったとしても、聞く耳をもたず、冷たい反応をする人がいるかもしれません。

でも、

そのような人達こそが、あなたの成長を後押しすることだってあり、「好む」「好まない」は、一次元的なものであるといえます。

その縁によってあなたは目覚め、自身の弱い生命を打ち破ることもあるから。

地上の、偶然に見える数々の出来事の中に運命があり、宇宙の意思が働いています。

時間が経過して、初めて私達はそれに気付きます。

あなたの大切なレッスンのために、ある教訓を届けるために、志願してあなたの元に駆けつける人もいて、

理性を働かせて自立するには、この「社会」という枠組も必要であったりもします。

人としてのあり方を養うために。

欲望に引き摺られない人になるために。

欲望や悪で染められた枠組の中で生きねばならない人もいます。

そのような中で、健全で正しい人が育つのは困難です。

あなたが純粋で素直であればあるほど、悪い力を受けやすくなります。

その中で生き残り、力を発揮してゆくことは容易くはありません。

でも

あなたが最初の一人になればいい。

 

あなたは可能性。

この地上でただ一人の。

彼の子供に、彼の妹に、彼女の親友に、あの子の母親になれるのは

あなただけ。

あなたでなければ その先の生き方を示すことはできない。

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