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真面目すぎて疲れてしまうのでしょうか

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◆真面目と思われていても、自分はこれが普通だと思っていたりする

 

 

◆真面目なのはいいこと。周囲との調和することでもっと生きやすくなる

 

 

真面目な人はどうして疲れてしまうのか

 

◆真面目と思われていても、自分はこれが普通だと思っていたりする

 

私自身、結構な人から「真面目な人」に映るようで、とりわけ子供達からはしょっちゅう叱責を受けます。

 

例えば

携帯やPCラインのメッセージで

「です・ます」を使っただけで

「敬語でしゃべらないで」と言われ、

 

仲良くなった人とは、名字で呼ぶのはやめて。遠い存在に感じるから、と言われます。

 

古風だと言われるならまだしも「シーラカンス(生きる化石)だよね」と言われたこともあり、「真面目」

とはちょっと話が違ってくるかもしれません。

 

時代から置いてけぼりをくらっているように感じることもしばしばあって、

 

これらは人とのつきあいがなければ学べず、そう言ってくれる人がいるおかげで、なんとか今の時代を生きていられます(^_^;)

 

性格が、外面に表れることもあります。

 

とても真面目な人は、つい深刻そうに発言してしまい、近寄り難い人のように感じさせることがあるのかもしれません。

 

◆真面目なのはいいこと。周囲との調和することでもっと生きやすくなる

 

真面目なことは、本来「いいこと」のはずです。

 

組織の中の厳しい規範にも忠実に従うことができます。

 

それが仇となり、

 

純粋に通じ合えるはずの人を遠ざけ、社会的には有能だけど無関心で冷淡な人を惹きつけてしまうことがあるかもしれません。

 

また、決して不親切なわけではないのに、人に対しても自分と同じようなことを要求してしまい寛大になれないことがあるかもしれません。

 

私は何故か人に「待たされる」ことがとても多いのです。

 

友人にも、つきあった人にも、娘にも。

 

どうしてみんな、時間にルーズなんだろう・・。私は人を待たせないようにしているのに。

 

なんて思いながら。

 

在るとき、私のほうが遅れてしまったことがありました。

 

でも、

相手はそんなこと、なかったことのように平気で待っていてくれました。

 

みんな 優しい!

 

そう思ったと同時に、私が堅苦しい考え方をしていたのかもしれない、と思いました。

 

他の人は、私に

 

自分のやり方が一番正しいわけじゃない」ことを教えてくれます

 

20分前に来る人も、ぴったりに来る人もいる。時には遅れてしまうこともある(^_^;)

 

もっと柔らかに生きていけることを学べるまで、そういう人(ルールに縛られない人)が現われ続け、悩まされ続けていたに違いありません。

 

あなたはきっと信頼の置ける人であり、

 

こうと決めたら揺るがない、強い精神の持ち主でしょう。

 

けれど、心の安心を失ってまで、この精神を守る必要はないのです。

 

最初に言ったことを撤回できない、なんてこともありません。

 

自分には「撤回」が許されないと思っている時、

 

他の人が「やっぱりやめておくわ」と、最初決めたことを撤回して許されていると知ったら、あなたは腹を立ててしまうかもしれません。

 

自分は我慢したのに!

 

自分は熱があったって約束を守って行ったのに!

 

自分の真面目さゆえに気持ちが晴れやかになれない時は、

 

「なんでもありうるのだ」とか、「それが全てではない」という姿勢でいるほうが、あなた自身を疲れさせません。

 

◆真面目な人はどうして疲れてしまうのか

 

ストレスが発生するのは、人生の出来事に抵抗するとき

 

自分に都合のよい物事を無理に引寄せたりしなければ、抵抗をうむことはありません。

 

何か問題が起こった時

 

結果をおそれ・内面の出来事に一喜一憂することによって、多大なエネルギーを費やしてしまうのです。

 

かつての人生で、もしかしたらあなたは軍隊のような、一歩間違えば命が危険に晒されるような所に身を置いていたのかもしれません。

 

でも、今あなたはそのような場所には生きていません。

 

それでも

 

人生の中で起きる無数の出来事に対処するために、あれもこれも備えておきたいと思うかもしれません。

 

心配しなくても、経験から獲得したものは、あなたの中にちゃんと備わっていきます。

 

必要な時に取り出して使えばよいのです。

 

また、本当のところ問題は「それが起きる」かどうかではないのです。

 

肝心なのは

 

問題が起きても、自分が幸せでいられるかどうか。

 

人生で起きる出来事は、あなたが幸せになるかどうかを決定しません

 

 

船に譬えてみましょう。

 

今回の航海を快適に楽しむために、あなたは今回は必要のない、幾つかの余分な荷物を下ろします。

 

あなたが「問題だ」と思うことは抵抗であり、に譬えることができます。

 

その風は船の帆にあたっても、あなたがそれを調整するなら、それは進むのために必要な追い風になるのです。

 

あなたはそれに「合わせ」、調和させ進んでゆきます。

 

人生の目的は経験を楽しみ、そこから学ぶことです。

 

幸せを「条件」によって左右されないものへと格上げしてゆくことが大切です。

 

あなたも私も、今いる環境の中で何かを見つけ、そこから出発します。

 

新しいものを感じ取ったら、それを解消し、調和させていけばよいのです。

 

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