スピリチュアル 人間関係

大切な人を亡くした、その悲しみを癒すことはできるのでしょうか。

 

◆それは、誰にとっても辛い作業

3月11日、東日本大震災から10年。

会いたい・会いたくてたまらない

ほっぺたの感触・抱き上げたぬくもり

生きていく地獄

一息に死ねたらどんなに楽か

そんなことばかり考える

震災で愛する人を失った人の言葉が、今朝の新聞の一面に掲載されていました。

新聞の全文に目を通すことはできそうにありません。

「喪失」と向き合うことは、どんな人にも 本当に 辛い作業です。

ドラマのシーンやニュースでも、TVを消してしまう、一旦視覚や聴覚で受け止めてしまうと、何かのきっかけで「思い出す」ことになります。

だから、「見ない」「聞かない」ようにしています。

私には受け止めるだけの「度量」がありません。

なのでTVドラマは、その最後が「ハッピーエンド」で終わるかどうかを想定してから見なくてはなりません。

でも、今日はその喪失に、あえて挑戦してみようと思います。

◆「喪失」には五段階ある

「喪失」を経験せずに、この人生を終える人はいません。

たった一人で生きたとしても、最後は自分自身を手放し、この世界とお別れをすることになります。

自分だけを愛していたとしても、どんなに絆が強くても、それを切らなければならない日が訪れます。

他サイトで「絶望的状況」から立ち上がるためにはどうしたらよいのか、というテーマの中で「死」に触れたことがあります。

「解決しようと思わないこと」が大切だと記述して、反論があるかもしれないと恐れていたにも関わらず、多くの人から

「その言葉がストンと落ちた」というコメントを頂きました。

どんなに

時間が解決するよ、と言われたところで、悲しみの真っ只中にいる人の心には届きません。

私自身、大切な人やものを失った時、

「時間が解決してくれる」なんて嘘だ、と思いました。

何をしても涙が溢れ、自分でそれをとめることができなかったり、悲しいのに涙が出なかったりします。

悲しみを「乗り越える」ことは大切だと知っていたとしても、心はそれに抵抗します。

そこから離れたくないんだよ!

だから長い間、外に出られなくなることもあります。

アメリカ合衆国の精神科医、エリザベス・キューブラー=ロス氏は、

人生が人によってそれぞれ異なっている以上、喪失もまた個人的なものである

と前置きし、全ての人がこの段階を辿るとは限らず、この順序であるともかぎらないとした上で、

「喪失」には「五段階」あると言いました。

否認・怒り・取引・抑鬱・受容

の五段階です。

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