スピリチュアル 人間関係

言いたいことが言えないのですか?

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◆言いたいことを言えないのと、大人しいのとは違う

口は禍の元、という警句がありますよね。

良からぬことを言って、誰かを傷つけたり空気を乱すことを、私は長い間恐れ、自由に発言することができませんでした。

「発言の影響力」ということを考えれば、余計なことは言わないほうがいいと思うかもしれませんが、日常的に発言しない習慣が身についてしまうと、

今度は言いたいことがあっても言えずに悶々とした気持ちを引き摺ることになったり、

たまの発言が変に注目を集めて気恥ずかしい思いをしてしまい、もっと無口になってしまうこともあります。

おしゃべりではなくとも、言うべき時にはちゃんと言う、私もそういう人を知っています。

そういう人には、周囲も対処を間違えてはいけないと緊張感を持って接します。

けれど、

「この人は何をしても何も言わないだろう」と思われると、いい人なのに気を遣ってはもらえないのです。

私にはおおいに心辺りがあります。

あなたはどうですか?

◆言いたいことが言えないのは何故でしょう

言いたいことがいえないおかげで、私は妄想だけはよくするようになりました(^_^;)

発言しないからといって、何も考えていないわけではないのです

もし、ここでこんなこと言ったら、バカにされるかもしれない、

本当のところ、私はこう思うのだけど、それを言ってしまうとあの人の意見に反論することになりはしないか

そうして時間だけが過ぎていき、誰にも自分の考えが伝わらずに一日が過ぎていくのです。

実際のところ、発言のチャンスは何度も巡ってくるのに、自分を信じていないので、本気でそうしようとは思いません。

言い逃れをする癖が付いてしまっているのです。

あなたも、

自分のことをあまり話さないのではありませんか。

自分のことを話して、人に評価されることを恐れているから。

その発言のせいで、誰かに反感を持たれ、自分が傷つくのを恐れるから。

そうやって、自己主張の強い人達に道を譲り続けてしまうのです。

◆言いたいことが言えずに辛いのは、敏感に察知してくれる人ばかりではないから。

自分に発言権を与えないあなたは、自らそうした自己主張の強い人を求めてしまうこともあります。

異性であれ、同性であれ、

決断力・強さ・積極性

そうした資質をもっている人に強く惹かれてしまうのです。

世の中は持ちつ持たれつですから、それ自体何も悪いことではありません。

けれどその結果、そうした人達にひどいことをされても許してしまう、

というか、気付かないことすらあるでしょう。

あなたは謙虚で優しく、寛大だから。

相手を気遣うあまり、NO!という一言さえ言えなかったりします。

たまに言うかもしれないけれど、あなたのNO!はとても優しいので、その人達の耳には届いていなかったりします。

中には敏感に「察知」してくれる人もいますが、決して多くはないでしょう。

実際、

頭を殴られるほど強い衝撃が起こらなければ、気付かない人だっています。

あなたほど人のことに気を回せる人ばかりではないからです。

◆言いたいことを言えず、諦めてしまうと、被害者になることを許してしまう

発言しないこと自体が悪いわけではないし、現実には発言を控えることが大切なシーンは多くあります。

ですが、

言いたいことを言えず諦めてしまう」ことは、有益ではないし、衛生上よくもありません。

あなたも、私と同じように「こんなに我慢して生きているのに、現実はちっともよくならない」と感じてきたのではありませんか?

現実、自己主張の強い人に押し切られることはあったとしても、

あなたは誰かの犠牲になるために生まれてきたわけではありません

これまで幾度も「犠牲者のような気がする」状況が訪れるのは、あなたには被害者にならないための方法を習得する必要があるから。

以前の記事でもお話しましたが、

あなたが「自覚」するまで、宇宙は手を変え品を変え、同じ状況を提示し続けるのです。

こんなことをいうと、

それではやっぱり自分の「傷つきやすさ」を克服しなくてはならないのね、もっと自信をつけなくてはいけないんだ、と考えこんでしまうかもしれません。

でも、

あなたの精神は、決して弱くはありません。

どうしてそう言えるかって?

あなたは

傷つきやすさを背負って生きる強さを築いてきているではありませんか!

不安はあるかもしれませんが、決して不足・欠落を感じる必要などないのです。

◆言いたいことを言えないのは、間違ったことを言ってしまうのかもしれない、と懸念するから?

実際「言いたいことを言う」にあたり、それは正しい発言かどうか、判別できない、

間違ったことを言って誰かに悪い影響を与はしないだろうか、とあなたは懸念するかもしれません。

私達は、同じ言葉を聞いても、ある人から聞いた時には肯定的な解釈ができたのに、別の人から聞いた時にはどこか嘘くさく感じたり、突っ込みを入れたくなることがありますよね。

同じ言葉を発しても、どうしてこんな風に違う受け止め方をしてしまうのでしょう。

それは、言葉がその人の意志、思想を伝達するものだから、

声の響き、言葉使い、話の内容のなかに、知らず知らずのうちに、その人の全人格が滲み出てくるものだから。

心に現われたものは、そのまま事実なのです。

あなたという主体が何かと関わったとき、思いや言葉が生まれます。

あなたも私も、ある言葉を受け取ったり発したりするとき、

その言葉を通して何かを「発見」していくことに意味がある

のではないでしょうか。

もとより

言葉の内容自体は、「正」とか「偽」との二面性をもっているものです。

時が経過すれば、もっと多面的な見方によって覆る可能性があるのだと認識しておくことが大切です。

ソクラテスがいうように

「不知の自覚」

自分が間違っているかも知れないという可能性を心において、それを認める態度が必要で、あなたはもう、十分その理解に時間をかけてきたのではないでしょうか。

あなたが「よい結果」を生むことばかり囚われていると、その不安や疑惑はどこまでいっても解消されません。

今のあなたに大切なことは

①「悪循環」を絶ち、 ②想像の領域から出て現実に乗り込み試行錯誤すること

であるといえます。

何かが生まれ変わるとき、

どうしてだろう、何か違う気がする・このままではよくない気がする・・

そんな苦悩が生まれます。

現時点での困難は、あなたに「その方法ではうまくいかない」と気づかるためのもの。

心の声に耳を貸し始めたあなたは、自分のために、もっと心地良い世界を作ろうとし始めるでしょう。

今そうしなくても、いつかはそうして目覚めるでしょう。

諦めて苦しむか、乗り越えて自由になるか、いつだって選択することができます。

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