スピリチュアル 人間関係

人に優しくできないのですか

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◆人に優しくしていたのだろうか、と考えさせられたある日

 

 

◆人に優しくすることは、人の「心を和らげる」行為

 

 

人に優しくできないのは、否定的なことにエネルギーを奪われているからかも。

 

 

◆人に優しくしていたのだろうか、と考えさせられたある日

 

随分前に皮膚科を受診した時、看護婦さんが優しく患部に薬を塗ってくれたことがありました。

 

もう10年以上前のことなのに「覚えている」のは、「それは大切なこと・忘れてはいけない」とインプットされているからでしょう。

 

自分は人から「優しい」と言われるものの、実際優しかったのだろうかと、その時ふと思いました。

 

「人に優しくされる」って、こんなに大切なのことなのだ、という「体験」をどこかでしなくては、本当の意味ではわからなかったりします。

 

それ以外にも「なんて優しい人なんだろう」と感じたことは日常で多々あり、大事なモノを落として警察やお店のサービスカウンターに届けられていたと知った時や、コンビニから出ようとしている人がドアを手で押さえて入るのを待っててくれた時など、考えると数しれません。

 

「人に優しくすることが大切」とは誰もがわかっていて、世の中には、咄嗟に機転を利かせて優しい振る舞いができる人がいる一方、

 

優しい気持ちがないのではなくて

 

引っ込み思案な性格が前面に出てしまい、自分の中の「優しさ」を、上手く表現できない人もいると思うのです。

 

◆人に優しくすることは、人の「心を和らげる」行為

 

あの日、看護婦さんから優しく手当してもらった、ほんの小さな出来事がエッセンスとして残り続けているのは、

 

それが「心からの」献身であったからなのでしょう。

 

私が「人に優しくしていた」と思い込んでいたとき、

 

それは、「自分は他の人からこう見られている」という、謂わば「外面」であるといえなくもありません。

 

それは人工的な欲求であり、例えば仕事で成果を出すため「良い人に思われたい・良い印象をもたれたい」という動機に基づいている可能性もあります。

 

そう考えると、世間からの要請や要求が単に自分のニーズに合致しただけの、偽物の行為であるともいえます。

 

そうした動機は、たいてい隠されています。

 

この世界で生きていくために、それはやっぱり大切で、

 

優しさは「相手の心を和らげる」という意味において、必要なのだと理解します。

 

どうしてこんなことを言うのかというと、

 

「優しくできない」ことに、あなたは「葛藤」を抱えているかもしれないから。

 

あなたの心がうまく機能しないのは、その葛藤が生じているせいかもしれない。

 

あなたの「優しい」気持ちを外に解放できないのは、

 

周囲の人の「優しさ」に偽りを感じているせいかもしれないから。

 

そこに「所有欲・支配欲・嫉妬・プライド」が潜んでいることを、あなたはめざとく見抜いている可能性もある、ということです。

 

だとしたら、

 

ひとたび自身で制御し、管理できるようになれば、あなたの心は「形に囚われない」、真実の感情の放射のためにもっと磨きがかかっていくようになるでしょう。

 

◆人に優しくできないのは、否定的なことにエネルギーを奪われているからかも。

 

優しさはどこからくるのでしょう。

 

それは「理解」からではないでしょうか。

 

悲しいね、辛いね、大丈夫だよ、と理解し、共感したり相手の感情を認めることで生まれる思いやりの発露、

 

共感のバリエーション」であるともいえるでしょう。

 

あなたにとって、それはわざとらしく外に出すものではなく、謂わば「ひそかな奉仕」であったりします。

 

全く報いを受けず、気付かれることもなしに人に奉仕するということ。

 

優しさの表現は人それぞれです。

 

私もかつて人生の先輩に話しを聞いてもらった時、何をもって「優しさ」とするか、考えさせられたことがありました。

 

誰かに悩みを打ち明けられた時、

 

何か言わなくちゃいけない、と思ってしまうことは多いかもしれません。

 

でも、

 

その時先輩は、黙って私の言うことに耳を傾けてくれました。

 

私は自分の身に起こった出来事を上手に話す自信がなかったし、

 

もしも

 

「それは考え過ぎよ」

 

「別の解決があるんじゃない?」

 

などと口を挟まれたり、反論されたら話すのをやめようと思っていましたが、先輩はずっと聞いて頷いてくれました。

 

あとで、

 

「何もアドバイスできなくて、御免ね」と言われましたが、私にはそれが一番の「優しさ」であったわけです。

 

そんな風に、「何もしないこと」の中に、その人の「優しさ」を感じることだってあります。

 

人は

 

勿論、道徳的なことは教えてもらいますが、本当のところ、それを実体験しなければ、実際に同じ立場に立って経験してみなければわからないことは多いです。

 

そういう意味で、あなたは恵まれてきたのかもしれません。

 

ただ、心はいつだって、素晴らしいものを探し求めています

 

ひょっとしたら

 

あなたは「もっと」優しくなりたい、と思っているのかもしれません。

 

たいていの場合、外的な刺激に応じて心がかき立てられ、それが行為となります。

 

どうしてもそうしなければ」気持ちがおさまらなくなり、優しくしたり怒ったりするのです。

 

時には必要や状況に迫られ、どうしようもない理由があったりしてそれを昇華させてしまうこともあります。

 

あなたは今、自分のことで精一杯で

 

生活に慣れ、忙しさの中にあって、そうではない時にはできた、簡単なことを難しくさせてしまっているのかもしれません。

 

否定的な感情を心にたぎらせ、くすぶらせたまま外に出せずにいると、それは出口を失い、心にたまってゆきます。

 

その閉じ込められた感情は障害物となり、豊かな感情が生まれたり流れたりするスペースを奪ってしまうのです。

 

花を育てる時、私達は水をやり、手入れを心がけます。

 

それが世界でたった一つしかない花の種なら、

 

そして、「その花が咲くと幸せになれるらしいよ」と聞いたら、美しく花が開く日を夢見ながら、せっせと手入れをするのではないでしょうか。

 

あなた自身が、その世界でたった一つしかない花です。

 

優しさや愛は、あなたの胸で、今もそっと輝き続けていて

 

あなたが美しいものを見たり、澄んだ空気の中に身を置いたり、綺麗な音色に耳をすませ、心に瑞々しい感性を与えることができれば、心のブロックは解きほぐされ、再び外界の刺激に反応する心を取り戻せるようになります

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