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現実を受け入れることができないのですか

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◆現実を受け入れられないのは、あなたの「生」を揺るがす問題が起きたから

 

 

◆現実を受け入れるためには、忍苦と抑制の力で「耐えがたい生を持ちこたえる」ことが大切

 

 

◆現実を受け入れることができれば、再び人生を楽しめるようになる

 

 

現実を受け入れられる時、人は自己の生に目覚める

 

 

◆現実を受け入れられないのは、あなたの「生」を揺るがす問題が起きたから

 

人生の途上には、予期せぬことが起きるものーそう頭ではわかっていても、自分がそれを体験しなくてはならなくなった時、

誰もがパニックに陥ります。

 

「もうダメだ!」

 

「こんな悲しみ(苦しみ)を背負いながら生きてはいけない!」

 

それは、あなたの「生」を揺るがす大問題だから。

 

あなたが、どんなに賢く努力の人であっても、日頃から何が起きてもいいように心を準備して生きてきたとしても、

 

その問題は押し寄せる波のように、そうした「あたまの中でこしらえていた構え」を崩しにかかります。

 

その問題・出来事は気力や体力を奪い、精魂が尽き果てるまであなたを追い詰めるでしょう。

 

財産を失った・生きがいを奪われた・家族や伴侶との関係が修復不可能なまでになってしまった・リストラされたなどなど・・様々な問題があると思いますが、

 

そのような時、まず最初に考えることは

 

その「欠如感」を、どう埋め合わせようか

 

ということではないでしょうか。

 

日がな一日、起こった問題を「修正」しようと考え、周囲に働きかけたりするかもしれません。

 

その間、あなたの「心」は何度も泥沼の中に沈められます。

 

場合によっては、

 

何らかの方法でそれを「隠蔽」することはできるかもしれませんが、問題の根本的解決にはなっていなかったりします。

 

現状を受け入れられるのは、「もはや逃げること(避けること)はできない」と知るとき。

 

誰も助けてはくれないのだ。

 

「この状態で生きていかなくてはならないのだ」と、自分に言い聞かせることが出来た時であるといえます。

 

それを

 

腹が決る

ということもあります。

 

◆現実を受け入れるためには、忍苦と抑制の力で「耐えがたい生を持ちこたえる」ことが大切

 

一方で、全く逆の決断をしてしまうこともあります。

 

 

どうせ自分なんかダメだ

 

自分を見限り、自殺・犯罪・薬物やアルコールなどの嗜癖に走るようになってしまうのです。

 

「耐えがたい苦悩」を断ち切るために

 

紛らわすこと」に踏み切ってしまうのです。

 

「我慢」ができず、やけを起こしてしまうのです。

 

もう、事態は良くなることはない、と可能性に対して完全に「見切りをつけてしまう」、

 

短気を起こしてしまうのです。

 

苛酷な運命を受け入れることになったら

 

このはやる心を抑えることが大切です。

 

耐えがたい生を持ちこたえるためには、どうしても「忍耐」が必要になります。

 

その体験は、あなたの精神に深みをもたらし、

 

人の存在価値は人格にあり、精神にある のだと教えてくれます。

 

辛い時を耐え偲び、

 

悲しみ・苦しみを受け入れることができるようになると、それはあなたの中で叡智に変わり他者がどうあれ、自己の存在に正しい誇りをもち、自尊心を維持し、積極的に生きていこうと考えることができるようになります。

 

その時、これまで見えていなかった道があることに気付くのです。

 

あなたを「悪業」へと突き動かす

 

エゴへの執着を取り除いた時、人はその本来の輝きで目の前を明るく照らすことができます

 

◆現実を受け入れることができれば、再び人生を楽しめるようになる

 

辛いのは、

 

なぜ、自分がこんな目に?」という疑問を持ち続けている時であるかもしれません。

 

「それがあるとき」自分は完全でいられ

 

「これがなくなったら」自分は不完全な存在だと思っていたりします。

 

あなたの「生」を支えるものとは

 

地位・名声・財産であるかもしれません。

 

そうした悩みから、あなたが解放されるとしたら、

 

それら「自分に欠けてしまったもの」について考えることをやめることができた時であるでしょう。

 

「それを取り戻しさえすれば、私は完全になれる」

 

は本当でしょうか。

 

本当にそれを得られれば、あなたは完璧になり、一生悩まずに生きていけるのでしょうか。

 

勿論、そんなことはありません。

 

また次の問題が表面化するだけ なのです。

 

 

今の外的な状況は、根本的な問題を解決するための「一要素」でしかありません。

 

 

「どうすればそれを得られるのか」

 

「どうすれば再び愛されるのか」

 

といったことについて、一切考えずにすむようになって、あなたは初めて安らぎを得ることができます。

 

そのためには

 

少しずつ、注意を「私(自分)」からはずしていくことが大切です。

 

悲しみや苦しみが、意識の視野の「中心」から視野の外に押しやられるにつれ、這い上がれるようになります。

 

意味など感じられなかった状況から 意味を創り出そうと決意できるようになります。

 

それが譬え「自製」のものであったとしても、何らかの答えを見つけだそうという心に変えることができます。

 

「それは耐えられる可能性のあるものなのだ」ということを理解できるようになります。

 

◆現実を受け入れられる時、人は自己の生に目覚める

 

悲嘆のどん底にいる時、「未来」は閉ざされています

 

あのことさえなければ 自分はこうはならなかった!!

 

現在の不幸に繋がる原因を何度も再生し続け、現在の「不幸感」を増幅し続けている限り

 

その人は過去に居続けることになります。

 

もしも、あなたを不幸に追い込んだ「あのこと」の原因を究明できたとても、どうなるものでもないことはわかっていても、そうせずにはいられなくなるものです。

 

確かに「過去」そのものは変えられないかもしれません。

 

それでも、

 

過去によってもたらされた現在の自分を素材として、今までよりもっと建設的な生き方を

 

創り出すことはできるのです。

 

それが、これまでのどんな行為にも増して「過去を生かす道」となります。

 

「きっとよくなるよ」とか、「いつか花開くから」「夢を諦めないで」といったことは、今のあなたには響きません。

 

それよりもっと手応えのあること、確実に訪れる日を正面から向き合い考えること

 

あの日一度人生を終わらせたのだと考えること、そして生まれ変わり、新しい自分を生きると意識すること

 

あなたの名前が サトウ あきおさんだとしたら、新しいサトウ あきおを生きようと決めてほしいと思うのです。

(*名前に深い意味はありません)

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