私たちは、そうして本物になっていく|選び、迷い、選び直しながら見つける自分らしい人生

毎朝見ている「羽鳥慎一モーニングショー」に、作家の林真理子さんが登場していました。

話題になっていたのは、

『80代になるとたいていボケるか死ぬ。70代は神様から与えられた特別な時間』

という本。

「70代」をどう生きるのか。

年齢を重ねたからこそ見えてくるものや、これからの時間について話が進んでいきました。

そしてコーナーの最後。

盛り上がっていく中で、

「80代になったら、また同じような本を出すんじゃない?」

と茶化されると、

林さんは、

「書きます」

と答えていました。

笑いの中で、パネルコーナーは終了しました。

 

私は、そのやり取りを見ながら、

きっと、それでいいのだろうな

と思ったのです。

70代になったからわかることがある。

そして80代になれば、

70代のときにはわからなかったことが、また見えてくる。

そう考えると、

これは70代とか80代に限った話ではないのだろうな、

とも考えました。

 

私たちはみんな、

その時々の自分で考え、

選び、

経験し、

「少し違ったな」

と思ったら、また選び直しながら、

少しずつ本物になっていくのではないでしょうか。

 

以前、「仕事」について書いた記事がありました。

今はもう削除してしまったのですが、

末っ子が仕事を探していた頃のことを書いたものでした。

世の中には、本当にたくさんの仕事があります。

選択肢が少なければ、

案外すんなり決められるのかもしれません。

けれど、

たくさんの選択肢を前にすると、

「もっと自分に合うものがあるのではないか」

「こちらを選んでしまってよいのだろうか」

と、かえって決められなくなることがあります。

末っ子も、なかなか仕事を決めることができませんでした。

決められなかったのは、

選択肢が多かったからだけではなかったのかもしれません。

自分がどこへ向かいたいのか、その姿がまだはっきりしていなかった。

だから、

どれを見ても決め手にならなかったのでしょう。

 

こんなことが

あなたにもないでしょうか。

お店では完璧だと思って買ったのに、家に帰ってから、
「一体どうしてこんなものを買ってしまったのだろう」
と不思議に思ったことは。

お店の照明の下では素敵に見えた。

マネキンが着ている姿も格好よかった。

流行っているし、

誰かが「似合う」と言ってくれた。

その場では、

「これだ」

と思ったはずなのです。

ところが家へ持ち帰り、

自分の日常の中へ置いてみると、

どうもしっくりこない。

 

これは服や品物にだけ起こることではありません。

野心や期待にも起こり得ることで、

「こんな仕事に就けば幸せになれる」

「これくらい稼げれば成功だ」

「こういう暮らしをすれば満たされる」

「こういう人になれたら素敵だ」

誰かの人生の中では輝いて見えるものを、

自分にも似合うものだと思ってしまう。

私たちは時々、

魅力的に見えるものを、自分に本当に合っているものと勘違いしまう

のです。

 

それに気づくためには、

一度手に取ってみるしかないこともあります。

仕事だって同じで、

実際に働いてみなければ、

自分に向いているのかどうか、

本当のところはわからない。

憧れていた仕事が、

やってみたら思っていたものと違うこともあるでしょう。

反対に、

たいして期待していなかった仕事が、

思いがけず自分に合っていることもある。

だから、

最初から「正解」を選ぼうとしすぎなくてもよいのかもしれません。

どんな仕事を選んだとしても、

そこから何かを知ることができる。

「これは好き」

「これは苦手」

「こういう働き方は嫌だ」

「私は、こういうことなら続けられる」

そうやって、

ひとつ経験するたびに、

自分という人間の輪郭が少しずつはっきりしてきます。

 

若い頃には、

正しい道がどこかに一本だけあって、

それを間違えずに選ばなければならないような気がしていました。

けれど、

本当はそうではないのかもしれません。

選んで、

違って、

戻って、

また選ぶ。

欲しいと思って手に入れて、

「これは私のものではなかった」と知る。

逆に、

ずっと避けていたものが、

思いのほか自分に馴染むこともある。

そうしたことを繰り返して、

私たちは、

誰かが「いい」と言った人生ではなく、

自分にとって本当に心地よい人生

を知っていくのでしょう。

70代には70代で見える景色があり、

80代には80代で見える景色がある。

ならば、

60代には60代の、

50代には50代の、

そして20代にも30代にも、

その年齢でしかわからないことがあります。

 

完成した自分になる日など、

もしかしたら最後まで来ないのかもしれません。

その代わり、

昨日より少し、

「これは私らしい」

というものがわかるようになる。

そしてまた明日、

今日とは違うことを言っているかもしれない。

それも矛盾ではなく、

生きたからこそ変わったということなのでしょう。

林真理子さんが、

「80代になったらまた書くのでは」と言われて、

「書きます」

と答えたのを見て、

私はなんだか嬉しくなりました。

70代で出した答えを、

80代になって訂正したっていい。

むしろ、

そのほうが自然なのだと思います。

私たちは、

一度選んだものを守り続けることで本物になるのではなく、

選び、

経験し、

時には手放し、

また選び直しながら、

少しずつ、自分という本物に近づいていく。

きっと人生とは、

そういうものなのだと思います。

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